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漫画版パトレイバーは篠原重工のOS開発の社史である

大型多足歩行作業用機械、通称レイバーを題材にしたものが1988年から週刊少年サンデーで連載されていた、ゆうきまさみ先生著「機動警察パトレイバー」である。他にもTVやOVAなどでも同企画は展開した。この作品は一見、いわゆる人型ロボットを扱っただけの作品と思われるが、作品中では多々社会的問題についても疑問を投げかけ、多くのファンを持つ。

このドキュメントでは漫画版を主なものとして、その参考として作品群を活用している。そのため、他のファンが作成したドキュメント等とは違っている部分もある。また、多分に作成者の思考実験と回顧の傾向が強いことを承知した上で読んでいただきたい。

さて、先ずは大まかな流れを見てみよう。

終戦
篠原重工の前身は自動車部品工場。当時は進駐軍への部品販売及びその修理が経営実態だった。実山(現在の八王子工場長)はこの頃から社長と共に現場にいた。
八十年代
レイバーの基礎理論における研究の全盛期。これに前後する形で篠原はロボット開発(恐らくはマニピュレータなどの工場生産用機械)に参入。バブル期の投資拡大により、篠原重工は急成長。他のトップメーカーが全ての部門を合わせてその地位を保っている一方、篠原重工はほぼロボット産業のみで伸し上がったと言って良い。
篠原家長男、自殺。原因については様々に考えられるが、会社の急成長による軋轢や関係者間の不和をかねてよりの後継ぎ候補であった長男が懸念していたのかもしれない。
九十年代
東京湾中部大地震発生。首都圏に深刻な被害。
東京湾を埋め立てるという大規模干拓事業『バビロン・プロジェクト』を政府が発表。足場の不安定さや工事現場の複雑化が懸念されていたが、レイバーの大量投入により緩和。もっとも、これはこじつけ、あるいは建前の類。実態は成長の一途を辿っていたレイバー関連企業と官庁の思惑の一致だった。
バビロン・プロジェクトの詳細は以下に記載。これは伊藤和典著『風速40メートル』からの引用である。

バビロンプロジェクトの原型は、建設省が80年代に提唱した“フェニックス計画”である。東京湾を首都圏から排出される大量の廃棄物で埋立て、官公庁や国際関係施設、および居住地に転用しようというプランだったが、主に東京都の反対によって凍結されていた。

その後、90年代に入って東京湾中部大地震で壊滅した既成市街地の再開発が始まると、これから発生する大量の瓦礫の処分先に困った各自治体は、今度は東京都の提案で再開された“ネオ・フェニックス計画”に賛同することになる。

が、この計画は予想外の事態により大規模な変更を余儀なくされた。

気象庁よって検証された地球規模の気象変動、とりわけ温室効果による地球の温暖化は両極の氷を溶かし、崩壊する氷山の容積が海水面を現在よりほぼ10メートル押し上げ、東京においては都心部のほとんどが水没することが判明したからである。

かくして、国家的規模による海岸保全計画、バビロンプロジェクトはスタートした。

東京湾口堤防が完成すれば、首都圏を一周する大環状線が完成するばかりでなく、十数か所に設置された水門で潮流を利用した排水が開始され、海面沈下と埋立てにより十年後には東京湾に四万五千ヘクタールの用地が確保されることになる。

これは、21世紀を通しての首都圏の用地問題が一挙に解決されるに十分な面積だった。

レイバー犯罪が急増したのはこの頃。後に警視庁警備部が新設することとなるレイバー部隊の主な任務は、大規模干拓という自然環境の破壊・汚染に反対するテロ活動の抑止とそれによる事案の解消とされているが、これについては疑問を差し挟む余地がある。
新設された特殊車両二課の任務の大半が、レイバーを操縦する労働者によって引き起こされていたのだ。レイバー産業やそれを用いた現場自体に構造的な問題があった。失業者・労働者に関する諸問題に何ら解決策が施されていないことによるのだろう。
九十年代後期
特殊車両二課に第二小隊が新設。これには篠原製レイバー・AV-98イングラムが正式採用される。今後も需要拡大が見込まれる警備目的または戦争での使用を見越す洞察力が篠原にはあったということになる。
この頃、一時的に団体職員によるテロが増加。新設されて間も無い第二小隊を抱える特殊車両二課がその活躍により、栄誉と汚名を被っていくことになる。漫画、OVA、テレビアニメ、それに劇場版では事件や時間軸が微妙に、もしくは全く異なっているため、各自参照されたし。

以上のように、業界後発にしては恐ろしいシェアの獲得ペースだ。

また、作品中には複数のレイバー産業の会社が登場する

主人公属する警視庁特殊車両二課第二小隊(レイバーは車両扱いで、免許も車両種)の篠原遊馬の父が社長を務める、篠原重工。軍用を主に開発・生産・販売を行っている四菱(いわずもがな、三菱のオマージュである)。城南工大の古柳教授が開発を始めた独自のコンピュータシステム、ASURA、通称アシュラ・システムを積んだ異端児、グリフォンを開発した国際レイバー産業企業シャフト・エンタープライズ。 その他にも菱井インダストリーなど多々の企業が存在する。

これらの企業よりも篠原が一歩先んじていることを考慮に入れると、篠原が如何に脅威的であることかがわかっていただけると思う。では、篠原はどのようにしてシェアを獲得していったのだろうか。

多足歩行で重要となるのがオートバランスの性能とコストパフォーマンスである。このオートバランスの優秀さから、篠原重工は土木などの一般作業から特殊なものまでシェアを獲得、レイバー産業の立役者と呼ばれた。一方、裏では政治家への献金など、スキャンダラスな事柄が数多く存在すると噂されている。

では、フィクションとしてではなく、現実として考えるとどうだろうか。結論として、なかなか難しいと言える。

レイバーを現実に照らし合わせると様々な問題がある。レイバーは大体7メートル以上の体格であるが、どう考えたって市街地で動かしたら電線に引っ掛かるというのが先ず一つ。もっとも、これは電線が無い環境、つまり建設現場や土木工事、或いは局地戦闘などで投入すれば問題はない。また、市街地において縦横無尽に電線が張り巡らされているのは急速な発展を遂げた日本や中国海岸沿いの都市だけということも忘れてはならない。ヨーロッパやアメリカなどの環境整備に熱心な国々では電線を地下に埋設する方法が一般的なのだ。

次にコストパフォーマンス。これも大量配備するのはリスクが高いだろう。正直、余程特殊な地形で無い限りは多足歩行である必要性はないので、結局、レイバーとは局地作業用が精々である。

特に二足歩行タイプとなると、それを使用する意味さえ疑わざるを得ないだろう。先に挙げたオートバランスの困難さは増大し、脚部にかかる荷重も四本より三本、三本より二本の方がそれは増大する。現在のところ、HONDAなどが開発しているASIMOに代表されるような二足歩行ロボットなどは技術宣伝の意味合いが濃厚である。しかし、それだけレイバーのバランサー関連技術の水準が高いのかもしれない。

話を作品の中に戻すが、篠原製品には致命的な欠陥が指摘されている。OSの軟弱さだ。その良い例が陸上自衛隊用に開発されたX−10で、当初は四菱が一手に開発を行っていてなんら問題はなかったのだが、そこに篠原重工が共同開発する形で参入後、非公開事件ではあるが暴走事故が発生している。

篠原重工の売りとされるオートバランスの優秀さというのはハード的な技術が重要で、実のところソフトは数値補正用の演算程度しか必要としない。フィードバックに必要とされる演算は、フィードバックの速度と正確さが重要で、それは独創性があまり必要無い。そのため、ハードの性能によって急成長した篠原重工はOS面が弱くなったと考えられる。そこで、篠原重工は城南工大の古柳教室に在籍していた帆場英一をOS開発にスカウトするのだが、ここで問題が発生する。

何か機械を開発・販売していくにあたって、開発段階で重要なのがハードとコンピュータシステムの相性である。車だろうが飛行機だろうがロケットだろうが戦闘機だろうが戦艦だろうが、とにかくハードとソフトの相性が悪く、更にはそれによって問題が発生したとすれば大変な事態を招くことになる。良い例が旅客機の墜落といったところだろうか。

通常、ハードとソフトの開発は並行される。ものによっては、時間やコストのかかるものを優先させたり、諸処の事情で前後する。マニピュレータという機械はとにかく数値のフィードバックが重要で、多足歩行でおまけに運用上の違いが明確であるマニピュレータともなれば、シーケンスなどよりもフィードバックの重要性は格段に増す。

そこで、ソフトになんらかの欠陥が認められてからハードに合うソフトを開発し直すとなると、安易に独創性を求めたりするため、欠陥を補うどころか、別の問題が発生する。例えば、ウィンドウズマシンにウィンドウズのソフトがなんらかの欠陥を及ぼすことが判明して開発し直すなんてことを想像してみていただきたい。その重大さがわかるはずだ。

さて、帆場英一をOS開発に迎えた篠原重工であったが、その人選に際して能力を優先させる余り、調査が行き届いていなかったようだ。彼はテロ行為を行う算段をしていたからだ。その成り行きと結末は劇場版第一作で描かれているが、結局篠原重工はOSになんら進展を見せることはできず、スキャンダルの火種を増やしただけであった。

一方、篠原重工は警察にレイバーを導入させており、特殊車両二課のパトロール・レイバー、通称パトレイバーには学習ソフトが内臓されていた。この学習結果によりOSの信頼性は徐々に上がっていくことになる。遊馬が考えている以上に、篠原一馬社長はやり手である証左である。

後にレイバー産業振興協会長にまでなる篠原一馬社長であるが、彼には二人の息子がいた。長男が跡継ぎであったが、既に死去(自殺といわれているが、定かではない)。結果、次男の遊馬が跡継ぎ候補となったのだが、本人はそれを嫌い警察官になってしまう。だが、彼が篠原重工製のレイバーを使うことになる特殊車両二課に配属になったのは偶然というにはあまりにも出来すぎている。ここらへんに、篠原重工がどこまで警察上層部と癒着しているかを探る手がかりがあると思われる。

ハードとソフトの関係に話は戻るのだが、作品の世界では明らかに技術の停滞が見られる。そもそも、革新的といえるレイバーであるが、実のところはそれぞれの企業が技術の局地的投入によって技術力のパフォーマンスをしていると見え、それぞれの企業がそれぞれに苦難しているようである。実際、技術というのは独創性から始まる数限りない努力に裏打ちされるもので、たかだか数年でレイバー技術というものが完成できる道理は無いのである。

漫画版パトレイバーにおいて、篠原重工のOSは、様々な場面においてレイバーを小道具とすれば、舞台背景、つまりは大道具として使われる。漫画版一巻から続く軍用レイバーのテロ使用。これにより、篠原重工が特殊車両二課にAV98式イングラムを配備したのは、OSの実使用によりデータを集める意味合いが強かったことが判明する。

グリフォンのASURA《アシュラ》もこれを利用し、イングラムとのデモンストレーションとも呼べる戦いを行っていく。

漫画版の骨子は特殊車両二課とシャフト・エンタープライズ・ジャパンの内海が率いる企画7課の陰謀との戦いであるから、篠原のOS開発社史という側面があると言える。

最終的に、篠原重工はハイパー・オペレーション・システム通称H.O.S《ホス》をAV−Rから投入し、衛星とのリンクにより情報収集能力を特化せしめ、これによりこれまでの篠原重工の最大のアキレス腱であったOSの軟弱さを補った。

局地作業を前提とされるレイバーにとって、衛星によって地形やその他の詳細なデータをダイレクトに収集・分析できるこのシステムは苦渋の選択ではあったものの、最善の結果を生み出すことになる。それは、個人の能力に左右されないレイバーの誕生といえる。

H.O.Sの実装により、レイバーはまさしく産業用となるのである。生産ラインから生み出された機械が個人の能力に大きく左右されることなく能力を発揮する、これこそ産業用機械の理想の一つと言えるからだ。

恐らく、その後は篠原重工がAV98式の実験データを踏まえた上で、衛星経由でのデータおよびH.O.S自体の効率化を行っていくに違いない。篠原重工は21世紀を引っ張る企業となるだろう。

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