塵核形成-index

小話〜バーチャルネットストーカー・ヨシミ22歳

前書き

このドキュメントに掲載しているテキストは、バーチャルネットストーカー・ヨシミ22歳(以下、ヨシミ氏)に許諾を得て作成したものです。恐縮なことに、チェック後に公認までしていただきました。

本文はヨシミ氏が存在している世界と閲覧者等の繋がりをにやにやしながら楽しめるように短い小説形式で作成しています。ですから、ヨシミ氏のサイトの常連の方々の中には不愉快に思われてしまう方もいらっしゃるかもしれません。なお、当然のことながらこのテキストそのものの一切の責任は司馬漬け海苔に帰するものですので、注意してください。

本文

 どうにも冴えない日々が続いている。いつもと同じように家を出たのにも関わらずいつもより遅く出てしまったのではないかと思い始め、そのくせタイムカードの誤差はいつもプラスマイナス数分しかない。
 これならもっとのんびり来れば良かったなぁなんて呑気に構えてデスクに向かうと、書類がざるそばのごとく次々運ばれ、やっぱり早く来なければならなかったと後悔する。
 昼前には昨日はのんびり眠ることができたかどうか怪しく思えてならず、昼飯を終えた頃には忘れ、夕方に欠伸をして今日はたっぷり寝ようかと思っている辺りで得意先からどうでも良さそうな確認の電話が矢継ぎ早にかかってくる。

 良しにつけ悪しにつけ、その都度に後悔したりうんざりしているわけで、パターン化ができていないのだった。そのくせ、頭のどこかでは『あー、ガメラでも街中に現れてくんねぇかなぁ』と期待を持っている。印刷所のミスか何かで、子供向けの週刊漫画雑誌の中身が全部エロ本になるなんてのも良い。しばらくすれば世間から忘れられそうだから、ガメラよりはこれぐらいが喜ばしい。

 こんな人間では、もしストーカーなんぞが付いたらさぞかし苦労するに違いない。そう考えたのが先週末だった。現実にはともかく、幸いというか皮肉というか、ネットにはバーチャルネットストーカーなんてものを自称するヨシミという奇特な人がいる。

 彼女の第一印象は『狡猾』だった。女性ゆえのしたたかさだと言えば聞こえも良いことだろうが、そのような気遣いをするのもなんだかキザだろう。
 彼女の狡猾さとは、水戸黄門が諸国漫遊をする際のあれやこれと通じるものがある。越後のちりめん問屋を騙り、好々爺を演じ、いよいよの場面で印籠を出す。その過程で飛び猿が壁を幾つも壊し、事態をよく呑み込めていない武家屋敷の家来をスケさんカクさんがダース単位でブッ飛ばそうが、そんなことは問題じゃない。そういうものだという話なわけだ。見事なパターン化である。まったくのワンパターンではないのがまた良い。

 ネットにあるサイトというのは孤独なものだ。どれだけハイパーリンクが行き届こうと、どんなに人気が集まろうと、それはサイトの本質的な孤独を救いはしない。それでも、先に挙げたような要素があるサイトはまだ良い。大半のサイトは管理者や閲覧者の一方通行の愛、執着によって支えられている。
 ヨシミはそんなサイトの端々を軽快な調子で拾い集め、コメントを残す。はいはいとか、まったくまったくとか……まぁそういった具合だ。

 もういっそ私も彼女が住んでいるらしいバーチャル青森よろしく、バーチャル○○に移住して上司や同僚を相手にワビサビを軽快に語ってみたいものだが、そうもいかない。
 私はパソコンを買った勢いのままにサイトを持っていたから、先週末、とうとう依頼のメールをヨシミに送った。
 今更のように思い出した。もう金曜じゃないか。どうして今の今まで忘れてしまっていたのか。

 私は所長が営業に出ている隙を縫って定時に上がると、帰路にあるスーパーで卵とティッシュが安売りしていること諸々を忘れ、自宅へ車を走らせた。ヨシミが本物のストーカーだったなら、今の私の行動は度肝を抜かせるだろう。

 そう思ってわき見をすると、電柱の影に誰かが隠れていた。

 私はこの後に自分が事故に遭うような気がした。気の迷いというやつだろうか。こういうときは素直に速度を落とすなりしておけば、外れが無い。
 それでもアクセルは緩めない。緩めることができない。機械が壊れているわけではない。私が自分で踏む力を増しているのが何よりの証拠。

 混乱している。目の前で起こっている現実から、肝心の自分自身が弾き出されている。

 対抗車線にふらついている車が見える。
 その車がセンターラインを超える。
 ああ、事故る。私は知っている。

 私はブレーキを踏んでも間に合わないことを知っている。それでも踏んだ。ハンドルを切っても逃げ場が無いことを知っている。あるのはブロック塀だけだ。それでもハンドルを切った。

 あっ、あ。




『○月×日……それはそれとして、この間、事故っちゃいました(; 久々の更新でこんなこと言うのもアホらしい!』
『はいはい、気をつけてもらいたいものですねぇ。ヨシミもこういう――』

 バーチャルは、あなたの目の前にある。


  結実・了
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