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  外伝「午睡の合間に」
 
 
「―――お忙しいようなので、このような形の報告となりましたことを、最初にあやまらさせていただきます。さて、こちらの方面は粗方片付きましたので、次の段階に移らせていただきます。自分達が世界を動かしているのだと勘違いをしているメジャーどもに、我々の真なる正義を思い知らせてみせましょうぞ」
「―――報告。極東にて不穏な動きあり。辺境が辺境ならざるは、革命の兆し。ご注意されたし」
「―――おお、我らが偉大なる指導者よ。アメリカ大陸における資金集めがほぼ完了した旨、ご報告申し上げます」
「―――極東、アジア全域において抵抗の動きあり。これはもう、貴方がかつて提唱した理想とは現実がかけ離れつつある証拠に他なりません。これでは、世界規模の宗教戦争となりましょうぞ」
「―――旧埋葬機関の独立宣言。私はそろそろ隠居させていただきます。失礼」
 
 2013年における、匿名による情報提供により発覚した、教皇庁内部の各通信設備の記録内より抜粋。なお、これらは全て教皇自身が確認したものである。
 これにより、21世紀初頭か繰り返されてきた宗教間での衝突及び、不可解なテロ活動にヴァチカン使徒座が関与していたことが決定付けられる。更に、かつてから噂されていた埋葬機関なる組織が実在したことが判明し、未だ活動中であることが推察された。
 当時の教皇は退座後、一級賓客扱いでフランスに亡命。代わって、刷新された使徒座により新たな教皇が選出される。現教皇は旧派閥との関与を完全否認。追求は長年に渡る。
 
 そこまで読んだところで、シエルはパソコンの電源を落とした。眼を瞬かせる。伊達ではなくなった眼鏡を外すと、首から下がる紐に預けた。窓の外には針葉樹の葉が独特の毛並みを気持ちよさそうに風に任せている。もうすぐ秋が終わる。もう、あれから何度目のだろうか。紅葉の紋様鮮やかな絹の羽織を椅子にかけると、部屋を出た。
 屋敷の一階に降り、ロビーにある大時計を見ると、午後三時を周って久しいことがわかった。階段を降り向かって左の居間に入ると、ちょうど、使用人の翡翠が休憩時間のお茶を入れようとしていたところだった。
「ああ、シエル様。ちょうど呼びに行こうと思っていたところなんですよ」
「そうみたいですね。秋葉さんはどうしました?」
本来のここ遠野家屋敷の当主の姿が見あたらない。
「先ほど、咲美お嬢様をお迎えに参られました」
「それでは、二人が帰ってきたらお茶にするということで」
「かしこまりました。では、私はその間にこの後の仕事をやれるだけやってしまいます。そうすれば、ゆっくりできましょうから」
翡翠が辞儀てからロビーを後にした。彼女はもう、ここに住んではいない。先年、乾の家の者となり、咲美よりも一つ上の男の子の母親になっている。彼女は昼間の間だけここに来ていて、夜の番については、彼女も心配していたが、良い機会なのでその仕事自体を無くしてしまった。物々しさは凶を引き付ける。咲美のためにも、それは避けなければならなかった。
 翡翠の姉である琥珀はというと、実はもう亡くなっている。三十になったその年、彼女は突然倒れた。検査の結果、病気ではなかった。身体的な衰弱によるもので、つまりは寿命ということだった。余りにも若すぎると誰もが思った。医者すらもそうだった。その中で、翡翠だけが静かに姉の死を認め、最期を看取った。彼女が流した涙は、ほんの一滴だけだったと私は記憶している。
 死といえば……そうだ、死に最も近くて、それでいて親友のようにそれと戯れていた志貴。彼は、現在、アメリカのソロモン達のところにいる。こちらに戻ってきた最初の五年だけ彼はここにいたものの、咲美が中学校に入ってから、あちらへ渡った。
「俺がここにいたら、余計な者が寄ってくる」
そう言って、照れくさそうに私に笑いかけたのをよく覚えている。半年に一度の割合で、彼はここに戻ってくる。その都度、私は書き溜めた魔術の知恵の結晶を彼に託した。彼がそれを使わないことはよく承知していたが、それでも何かしていなくては落ち着かなかった。
 彼の妹である秋葉は、異邦人である私を快く遠野家に迎え入れてくれた。私は、杵柄のような語学力で、度々外国での商談をまとめるといった、そういったことで恩を返しているが、現在進行形で娘の面倒をみてくれている彼女には、返し尽くすあてがつかない。
「シエル様」
窓際の腰掛椅子でうとうととしていると、外から翡翠が声をかけてきた。
「どうしました」
「お二人がお帰りになられましたよ」
窓から顔を出して門の方を見てみると、たしかにシルバーの自家用車が入ってくるのが見えた。向こうもこちらに気づいたのか、咲美が小さな体を後部座席の窓から乗り出して、こちらに手を振った。隣に乗っている秋葉が、危ないでしょと窘めている様子がここからも見える。
「秋葉様もすっかり小姑さんですね」
「あら、それは前からじゃありませんでしたか」
「ああ」翡翠がぽんと手を叩く。「言われてみれば」
大笑いしてしている私達を、車から降りた咲美達が顔を見合わせて不思議そうにしている。私は今、とても幸せなのかもしれない。
 ただ、幸せだと言いきる自信は無かった。未だに、幸せというものがどんなものかわからないからだ。それでも、幸せなのかもしれないと思うのだ。それが、幸せの秘訣のような気がするから。
 
 
2003/7/30初稿

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