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どこか変なあなた

 美鈴が変だ。
 そういう話を咲夜が小悪魔から聞かされたのは、年始以来の立て込んだ用事が終わってからのことだった。
 レミリアが起きるまで三時間ほどもある昼下がりに、咲夜はグリーンティーを飲んでいた。
「グリーンティーと緑茶を一緒にする奴は死ねば良いのに」
「いや、誰もそんな話はしてないですよ。門番の話ですって」
「あの子は元々変じゃないの。あからさまに」
 洋風の館で一人だけ中華風の格好をしている時点で、咲夜には変に見える。
 そのくせ気にした様子は無く、創作中華料理を作るときには率先して手伝いに来る。
 門番は門を守るものだと言い切って、賊を素通りさせたりする。
 そういった諸々を一々説明してやると、小悪魔は諦めたのか、テラスの席に座ってグリーンティーの相伴に与った。
「まあ、メイド長が困らないなら別に良いんですよ。私も、変だから変だ、って言いたかっただけですし」
「ご苦労様」
 彼女は滅多に門の方に出ないから、久々に見た変な物体を素直に変だと思ってしまったのだろう。
「パチュリー様のお加減はどうなってるの?」
「加減は良いんじゃないですかね」
「眠そうな目で?」
「本を読みながら」
「寝てる?」
「と思わせておいて薄目が開いていますね」
 すこぶる結構な加減だ。
 しかしよくよく考えてみると、あれも変だった。その変な物体に四六時中付き従っている小悪魔が、美鈴を変だと評しているのである。
 これは一応、確認しておいた方が良いかもしれない。
「それじゃ後片付けよろしくー」
「はーい」
 小悪魔は調子良く返事をしたが、咲夜が廊下に出た頃になって、「えーっ!」という抗議の声が上げられたのだった。


「緡微餌明、小魚食之、緡調餌香、中魚食之、緡隆餌豐、大魚食之。夫魚食其餌、乃牽於緡、人食其禄、乃服於君。故以餌取魚、魚可殺。以禄取人、人可竭。以家取國、國可拔。以國取天下、天下可畢」
 これは変だ。
 咲夜は門柱の陰から、何事か暗唱している美鈴を眺めていた。
 我々は文章で見ていれば良いから楽なもんだが、実際は広東語でくっちゃべっているので、咲夜は訳がわかっていない。
 ただ料理の際に食材の呼び方については聞かされたことがあり、魚魚と連呼しているのはわかっていた。
「ああ、咲夜さん。いたんですか」
「さ、魚はDHAが豊富!」
「はあ?」
 勇み足の解釈に美鈴は首を傾げた。それからすぐ察するものがあった様子で、門柱に寄りかかった。
「先日、片付けをしていたら外から持ってきたものがドカドカ出てきまして」
 良い機会だからと出てきたものを片っ端から見直した結果がさっきの魚がどうたらだという話だった。
「よく今まで出てこなかったものね」
「漬け物用の瓶(カメ)の中に入ってたんですよ」
 出てこないわけである。
 しかし、だ。
「何で今になってそれを開けたわけ?」
「はあ、まあ……何となく」
「何となくじゃ仕方ないわね」
「ええ」
 何となくというのも意外に馬鹿にできないもので、それも幻想郷がいい加減な代物だからかもしれない。
 例えば、
「何してるんです?」
「んー? 何となく……っと」
 話しながらもエプロンを外し、それを門の上空に投げる。
 数秒後、黒い物体がエプロンに直撃し、錐揉み回転をしながら館の外壁に突っ込んだ。建材の一部がぼろぼろと落ち、黒っぽい煙が立ち上っている。
 轟音が響いて数秒。ようやく異変に気付いた連中が弾やら石やらを投げ始める。侵入者はそれらに応射してみせたが、初っ端にケチが付いたことでさっさと退散していった。
「悪いわね。仕事取っちゃった」
「あれはゴキブリみたいなもんですから。気付いた人が潰せば良いんですよ」
「かもね。さあてと、新しいエプロン用意して、お嬢様を起こしに行くわ」
「さっきの騒ぎで、お起きになられたんじゃ?」
「だったらもっと騒ぎになってるわよ」
 適当に返事をして、言葉通りエプロンを取りに行く。
 門番にもエプロンを付けさせたらどうかなどと思いながら。


「だから、変なんですよ」
 またかという顔をして、咲夜がサワーグラスを卓に置く。テラスではなく食堂に設けられたバーカウンターでのことだ。
 深夜を過ぎてからは集中したパチュリーの視界に入っただけで邪魔に思われるので、小悪魔はよくここで仲間と一緒におさんどんをしていた。それ以外のときは各々がセルフで好きにやることになっている。
 なっているのだが、今日は魚肉を使ったカルパッチョまで作らされていた。
「レッドアイに氷を入れる奴は死ね」
「……酔ってます?」
「何か都合が悪くって?」
 レミリアが寝た朝方のことだ。酔おうが吐こうが絡もうが、勝手だった。ちなみに、既に六杯ほどちゃんぽんで空けている。
 しかし小悪魔も文句があって言ったわけではなく、口をしばらく噤んでから頃合いを見て話を戻した。
「それでですね」
「越乃寒梅無いの?」
「それで……」
「金ラベでね」
「それでですねえ!」
「何よ、うっさいわねえ!」
「特選ならここに持ってきてますよ!」
「あらそう」
 徳利と御猪口も一緒に貰い、ごくごくとやり始める。ようやく話らしい話ができる準備が整い、小悪魔は頭を掻いた。
「それで、さっきまで門番の方もここで飲んでたわけですよ。主に老酒で」
「へー(ごきゅごきゅ)」
「聞いてます?」
「耳には入ってるわよ(ごきゅごきゅ)」
 入った途端に酒で流されていたが、小悪魔は構わずに続けた。
「これといって愚痴るでもなく、淡々と飲んでましたよ。身体の調子でも悪いんじゃないですか、って私が聞いても、苦笑いするだけで要領を得ないんですよ」
「うるせえ、静かに飲ませろ!」
「ひいっ!」
「って思ってたんじゃないかしら」
 無用にびびらせておいて、自分は酒を呷る。客は彼女だけで、小悪魔もそろそろ自室に帰りたくなってきた。
「やっぱり、お嬢様に絞られたのが堪えたんですかねえ……」
「……何それ?」
「は?」
 疑問符が飛び交い、妙な間ができた。
 小悪魔は細長い煙草を吸うだけ吸って考えをまとめると、また頭を掻いた。
「もしかして知らなかったんですか?」
「むかつく言い方だわねえ。大体、煙草なんて吸わないでよ。夢が壊れるじゃないのよ」
「誰のですか?」
「そんなのどうだって良いじゃないのよ。メタ発言よ。三次元のことについて二次元人が突っ込んじゃ駄目よ。それより何? 私が何を知らないって?」
「いや、ですから、お嬢様に門番が絞られたことですよ。聞いてなかったんですか」
「悪い?」
 悪いだろう、という顔を小悪魔がする。そもそも聞いてなかったのならむかついたりもしないはずなのだが、咲夜は気にしていなかった。小悪魔もそれはわかったから、不問とした。
「私はねえ、今日は神社に先日までのどたばたで出た残り物を届けに行かされたりしてたのよ。夜になってから言い出されるんですもの。私もさすがにイラっとしたわ」
「……お疲れ様です」
「結構。それで?」
「ですからー、門番の方が絞られたんですってば。お屋敷の壁を壊した件で」
「ああ、そういうこと」
「そういうことです」
「何で最初からそういう風に言えないのよ!」
「聞いてくれないからじゃないですかあ!」
 理不尽に怒られて、とうとう小悪魔の涙腺が決壊した。
「な、泣かなくても良いじゃないの……」
「ふえーん!」
 かくして朝方のカウンターでは小悪魔がすすり泣き、咲夜は彼女を慰めながら酒を飲むことになったのだった。


 酒にか泣き声にか、翌日に目覚めたとき、咲夜は頭が痛かった。おかげで顔を洗ってしばらくするまで、何をカウンターで話したか思い出せなかったぐらいだ。
 彼女は昼過ぎまでにレミリアが起きる前にやっておくべきことを全て終え、門にまで足を伸ばした。
 変だ。それはすぐにわかった。
 美鈴がいないのだ。トイレにでも行ったか、はたまた庭に水でも撒きに行っているか。
 どうせ息抜きをしようと思っていた所なので、門の陰に隠してある自分専用のチェアを出してきて、色の濃いサングラスをかけて寝そべる。
 灰色がかった空には陽光が透けており、適度に暖かかった。
 自分に魚釣りの趣味でもあれば釣り糸を湖に垂らす所だが、生憎と魚が何を餌にするものかもよく知らない。もやしだったかゴキブリだったか。時間を止めて手で獲った方が早そうだった。
 時間は止めていないのに、美鈴は帰ってこない。
 案外、遠くにでも行ってしまったのかもしれない。
 片付けだとか何とか言っていたが、それもここを出て行くための準備だと思えば納得がいった。
 紅魔館は寄り合い所帯。レミリアに対して忠誠心らしい忠誠心を持っているのも自分だけ。誰がいついなくなっても、おかしくなかった。
 実際、館にいる妖精や妖魔の首は不定期にすげ替わっている。小悪魔みたいなのはパチュリーの子飼いだからそういうことも無かったが、それ以外の者達はフーテンそのものだった。
「ギアナ高地で産湯を使い、ってね」
「何ですか、それ」
 声をかけられてサングラスをずらすと、美鈴がこちらを見下ろしていた。
 すぐにサングラスをかけ直して、大きく息を吐く。
「帝釈天だったかしら」
「どっちも知りませんよ」
「ああ、そう」
「それより、咲夜さん」
「んあー?」
「泣いてませんでした?」
「……眠いだけよ」
 口ではそう言ったが、自分でもよくわからなかった。ただ、自分も人間なんだなあ、と思ったりした。


「……何か変じゃないですか?」
「何が?」
 再びバーカウンターでのことだ。
 小悪魔はやることが無い様子で、煙草を口で吹かしては頭を掻いていた。
 料理は昨日と同じような魚を使ったつまみがあったが、それは小悪魔ではなく咲夜が作ったものだった。酒も、咲夜に一升瓶を何本か渡しただけで後は勝手にやられていた。
「雪中梅をせっちんばいとか言う奴は殺す」
「どんどん過激になってますね……」
「悪い?」
「別に殺すのは良いと思いますけど」
「ああ、良いんだ」
「え? 何か変なこと言いました?」
 やっぱりこいつも人間じゃないんだなあ、としみじみ思う咲夜である。
「ほらほら、あんたも飲みなさいよ。老酒ばっか飲んでると老けちゃうわよ」
「そんな話は聞いたことありませんが」
 今日は美鈴も付き合わされていた。それを小悪魔は変だと言ったようだったが、咲夜はあえて無視していた。
「それにしても、お嬢様の気紛れにも困ったもんですねえ。咲夜に起こされるより前に起きるようなことをするんじゃない、とか言い出すんですから」
「パチュリー様よりマシですよ。本を持って来させておいて、私に気付かれないように置け、とか言うんですよ?」
「言いそうだわね、あれは」
 結局、万事塞翁が馬の精神でないといけないらしい。
「ところで貴方、よく私がやったことだって言わなかったわね」
 ゴキブリを潰した件のことだ。美鈴は一杯空けてから、自分の頬を神経質そうに撫でた。
「だって、私がやったことにしないと、私はあれを素通りさせたことになっちゃうじゃないですか」
「そんなことだろうと思ったわよ」
 くぐもった笑いを漏らし、御猪口を傾ける。
 それを置こうとしたとき、すうっと横から、頭ぐらいの大きさがある瓶が出された。
「何これ?」
「ほら、漬け物の瓶ですよ」
「何の?」
「やだなあ、前に一度、私に聞いたじゃないですか。だから片付けのときに探して……ってああ、開けちゃ駄目ですよ。ここじゃ駄目です」
「ああ、そう」
 と口では言いつつ、徐に蓋の封を開け始めている咲夜だった。
「うわ、だから駄目ですって!」
「ふうん」
 咲夜は意地でも開けるつもりになっていた。
 こいつの所為で迂闊にも浮ついた気分でここ数日を過ごしているのだ。例え化け物が入っていようと開ける。そんな頑なな決意を知らない美鈴は、必死で制止する。
 だが、とうとう蓋が開いた。
 途端に異臭が漏れ出した。
「ぐっさ!」
「ああ、もうっ」
 咲夜が鼻を押さえた隙に瓶を美鈴が奪い取り、封をし直す。水差しから咲夜のグラスに水を注いでやり、それを飲ませた。
「何なのよこれ!」
「魚の漬け物ですって。要するに汁が魚醤になってるんです。臭いに決まってるじゃないですか」
「何でそんなものを!」
「咲夜さんが料理に使いたいって言ったんでしょうが」
 言った……ような気がする。
 たしか、創作には変なものが一番効果的だと言ったら、これこれこういうのがあるがどうか、と返されたんだっけか。
「まったく。まあ、このままでも食べられますから、そこの小悪魔さんに渡して出してもら……あれ?」
「……いないわね」
 さっきまで向かい側に立っていたはずの小悪魔がいなくなっていた。
 あまりの臭いに逃げ出したのだろうか。
 カウンターに身を乗り出してみると、カウンターの下で小悪魔が目を回し、ぶっ倒れていた。
「これじゃお嬢様にはお出しできそうにないわねえ」
 西洋の妖怪にはきついものがこの臭いにはあるらしい。美鈴はしばらく腕組みをして考え込んでいたが、やがて瓶の封を解いた。
「折角だから、二人だけで食べちゃいましょう。ちょうど食べ頃のはずです」
「え゛っ」
「……何か?」
「いやいや、何でもないわよ。何でも」
 まさか「こんな臭いものを調理もせずに食えるか!」などとは言えなかった。
 手掴みで眼前に突き付けられた魚からは明確な臭いが発せられ、視覚で捉えられそうですらあった。
「どうしました?」
「んがー!」
 自棄になって、美鈴の指ごと食い付く。彼女が咄嗟に手を引いたから良かったが、何もしなかったら食いちぎられていたかもしれなかった。
「ふがっ、ぬがっ、げがっ!」
 唸りながら圧搾機のごとく魚を噛み砕く。それから酒で流し込んで、げはあ、と息を吐いた。
「ああ、美味い! 最高だわ!」
「……泣いてません?」
「泣いてないわよ!」
 翌朝、二人に増えた卒倒患者を看病する美鈴の姿が、そこにはあった。

 変な物は変だと言うべきだ。

 今回の一件から咲夜が得られた教訓は、それだけだった。