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せいぶ・ざ・わあるど

 紅魔館、経営破綻す。
 その報は幻想郷を駆け巡った。事情をよく知らない者にとってはそれがどうしたで済まされたが、紅魔館の意義を少なからず把握していた者達は思わず頭を掻いた。
 紅魔館といえば目立つのは異変の際だけだったが、平素においては一種の『転ばぬ先の杖』として機能していた。
 第一に、幻想郷に迷い込んでしまった者の引き受け先として都合が良かった。次に、当主の貴族としての気質からだろう、一般の者には気前が良かった。
 紅魔館が出来る前はこれといって仕事が無かった者にも仕事が出来た。即ち、田畑を持つ者以外も幻想郷に受け容れられる土壌が作られたのだった。
 その紅魔館の経営が立ち行かなくなったという。誰もが何故と思う一方、どこかで「やはり」という気持ちを隠せなかった。
 前述した通り、館の当主は気前が良かった。この際、吸血鬼が貴族かどうかという議論はさておこう。
 例えば良い酒が入ったと言い触らせば、どこからともなくメイドが現れ、売り手の言い値で買って行った。ある物を都合して欲しいと聞いて、作るなり仕入れるなりすれば、代金に加えて謝礼まで渡したぐらいだった。
 里の者の大半は外の世界で使われるような経済感覚や知識を持ってはいなかったが、あれだけ使えば懐が寒くなるぐらいのことは考えられた。
 一方、それがどうしたで済まされるはずの出来事なのも、また事実だった。
 繰り返すようだが、幻想郷に経済らしい経済の仕組みは無い。金が無ければ無いで暮らしようはあったし、経営責任が追及されるわけでもない。金よりも物々交換が目立つような土地柄なのだ。
 では何故、経営破綻す、などと大袈裟な報せが飛び交ったのか。

 これから綴る物語は、大半の者がそれがどうしたと片付け、一部の者達がまあいいかと忘れ、極々一握りの者達だけが好奇心と暇潰しのために知り得たものである。


 その日、十六夜咲夜は最初に館の異変を察知した人物の一人だった。
 彼女は元から勘が鋭かったが、その日は夕方前に仮眠から醒めたときから、嫌な予感がしていた。いや、単に春過ぎにしては暑苦しいだけだったのかもしれない。
 何にせよ彼女は寝床から出ると手早く支度を済ませ、主人であるレミリア・スカーレットの寝室へと向かった。
 レミリアが起きるにはまだ早かったが、太陽は下がる一方で、起こしても支障は無い時間だった。内心ではレミリアも自分と同じ不安を感じたかもしれないという期待もあった。
 しかしレミリアの場合、不安などという漠然としたものではなく、明確な事実として問題を突き付けられていたようだ。
 寝室にレミリアの姿は無かった。一応の確認としてシーツに触れてみると、布の感触しか咲夜には伝わらなかった。
 レミリアに人間のような体温らしい体温は無いが、全く無いわけでもない。さては博麗の霊夢の所にでも、人目を忍んで明け方に出かけたのかもしれない。
 とりあえず自分を落ち着かせられる考えに行き当たった咲夜は他のメイドにレミリアがいないときのスケジュールに従うよう言い付け、自分も博麗神社へと向かった。
 そしてそこにも、レミリアの姿は無かった。
 咲夜はここに至ってようやく、何かが起こっているのだという確信を持った。霊夢にレミリアが来た際の伝言を頼み、館に取って返す。
 すると館のホールにはパチュリー・ノウレッジが待っており、いつもより一段と暗い表情でもって、咲夜を出向かえた。
「レミィなら戻ってないわ。このまま戻らないかもしれない」
「な、何故です!」
 咲夜の問いは悲鳴に近かったが、パチュリーはさもありなんと頷いた。
「ここを維持する手持ちが尽きたのよ。お金にしても、魔力にしても、ね。ほら、館の中で、何か気付かない?」
 そう言われて咲夜は乱れかけていた精神を集中した。館の中を強く意識し、空間を操作できる能力を応用、内部を把握していく。
 それは一瞬のことだったが、十分なものでもあった。咲夜は閉じていた目をかっと見開き、苦笑いをしていたパチュリーに目を合わせた。
「どう?」
「く、空間が、空間が元に戻っています」
 館だけではない。強引に行き来できるようにしてあったはずの図書館などは、歪の中に落ち込んでいた。
 館に限定すれば、今までは外観の倍以上はあったはずの廊下や部屋、全てが本来あるべき形で、世界の理に従っていた。
「わかっていると思うけど、これは貴方の所為じゃないわよ。館そのものの力が、絶対的に足りていないの」
「なら、お嬢様がいらっしゃらないからでは?」
「順序が逆よ。力が無くなったから、レミィが出て行ったの」
「……出て行かれた?」
 聡明な彼女にしては間抜けな受け答えだった。パチュリーは使い走りの悪魔に目配せをし、床に置いてあった手荷物を持たせた。
「混乱している最中に悪いけど、私も出て行くわ。本もレミィも無いここに、用は無いもの。ああ、図書館の本は心配しないで良いわ。多少面倒だけど、魔法で取り出すことはできるから」
 淡々と言ってみせたパチュリーは咳払いをしてから、本当に出て行ってしまった。その様子は生々しく、レミリアもこうして出て行ったのかと、咲夜は感慨を持つに至った。
 すっかり脱力した咲夜は、いつもより狭いホールにぺたりと尻を付けた。
 他のメイド達は半数以上が出て行ってしまったらしく、残ったメイドも「自分達はどうしようか」と話し合っていた。
「どうするかなんて、決まってるじゃないの」
 声を上げたのは、レミリアの実妹であるフランドールだ。館内の異変に乗じて、地下室から抜け出てきたらしかった。
 何人かのメイドはフランドールの登場に慌てふためいたが、咲夜にはどうでも良かった。 これまでフランドールを地下室に閉じ込めていたのは、レミリアの命令だったからだ。咲夜にもレミリアがいるこの館の平穏を守るという気持ちがあった。それらも今や、全く無くなってしまっていた。
「使えない咲夜なんて、咲夜じゃないわね」
「……どうとでも仰ってください」
「なら、こう言うわ。力が無くなったのなら、取り戻せば良いのよ」
「お好きなようになさってください」
 フランドールは咲夜が全く使い物にならなくなってしまったことを知り、残念そうに溜息を吐いた。
「誰か、咲夜を部屋に運んであげて」
 フランドールの遊び場に、今の咲夜は必要無かった。
 代わってこき使われることが本人の同意無しに決定したのが、門番の紅美鈴だった。彼女にも幾つか考えはあった。
 自分が望み通りに動く限りはフランドールも外に出たりはしないだろう、というのが一つ。誰が主導するにせよ、混乱が治まるまでの時間を稼げるのなら手伝う価値はある、というのが一つ。
 以上のような具合で、現実的かつ消極的な考えが骨子となっていたが、フランドールが積極を極めた為人であることを鑑みれば、妥当な取り合わせに落ち着いたと言える。

 こうして第二期紅魔館体制、あるいは単純に第二期体制と呼ばれるものが、築かれた。
 レミリアが示威的行動でもって確立した紅魔館の立場を食い潰す懸念はあったが、紅魔館を活かすための貪欲さにおいて、フランドールは姉を凌駕していたことが次第に明らかとなっていく。
 彼女の半生はレミリアを意識することによって費やされた。貴族的と言えば聞こえは良いが、それはフランドールから見れば退廃的な享楽主義であり、唾棄に値した。
 伸びる芽があったとしても、それが自身の歩く道にあれば、堂々と踏み付けるのが貴族の性質というものだった。
 実際、レミリアは幻想郷において脅威として見られ易く、始まりにおいては特にそうだった。
 現在の紅魔館は他の妖怪達との間で長年に渡る擦り合わせを行ったことで形成されていた。フランドールはそれを、姉の限界だと見たのだった。
 しかし別の観点から見れば、これは姉の影を踏む行為に等しい。そこら辺についてフランドール本人が気付いていたのは彼女の果断さから明らかだったが、どのように捉えていたかまでは断言できる材料が足りていない。

 第二期体制の特徴は、言ってみれば「権威の破壊。その過程または動機付けにおける新規需要の発見と確立」だった。これが後に「ええじゃないか体制」とも呼ばれる所以ともなっていた。
 最大の例は、紅魔館の一般開放だった。これはメイド長及びメイド人員の不足から門番隊が内勤に移されたための苦肉の策とも取れたが、そうではない。
 本来、館の内部は混沌としており、咲夜がメイド長就任の際、改善しただけに過ぎない。そしてその彼女にしても一般メイドを完全に掌握することは不可能だったし、現に主要な箇所の掃除は咲夜がほとんど自分で行っていた。
 門番隊が内勤となったのは、純粋に一般開放のための人事だった。
 元々紅魔館は立地が良く、門前からは湖を眼前に臨むことができた。近隣の妖精や妖怪達の他、人間の中にも紅魔館に興味を持っている者は存外に多く、一般開放から数日の内に、一日百体にも及ぶの個体の出入りが記録された。
 フランドールは気持ちの半分ほどは遊び相手が欲しいとだけ思っていたのだが、この成果に自分が考えていた以上の遊びを見出したようだ。
 以降、紅魔館の開放に象徴される改革が計画的に進められていく。

 紅魔館以外の場所の住人達とのコネクションを再構築し、それらを利用して先立つ物を調達、元門番隊員による飲茶やランチなどのサービスを開始。元はメイドだった者達も客としてなら気軽に来るようになり、かえって重要な顧客層となった。
 使えない職員も客ならば神になるという皮肉だったが、そんな穿った見方をする者は幻想郷においては稀少だろう。むしろ新鮮な関係として受け容れられた。
 館内には人通りが出来る時間が長くなり、夜間限定ながらもフランドールも客と会うよう努めた。
 美鈴にはフランドールの素行の変化が意外だったが、得心もあった。自分で考え、自分で行動する。それらは姉の特権としてフランドールの目には写っていたのだろう。
 やってみればどうということもないことを、彼女は存分に楽しんでいる。その光景を何もせずに見守っていた美鈴は、フランドールその人に叱咤される破目になった。
「することが無いなら、咲夜の面倒でも看たら!」
「面倒って、咲夜さんも子どもじゃないんですから……」
「子どもなら面倒看るって?」
「あ、いえ、そういう意味では」
 フランドールは頭が良過ぎるのかもしれない。美鈴は適当に誤魔化してその場を退散したが、一抹の不安を拭うことができなかった。
「貴方の不安、わかる気がする」
 美鈴の言葉に頷く咲夜だった。
 咲夜はレミリア、正確にはパチュリーが出て行った日に暇をもらって以来、そのままの暮しを続けていた。
 館のことに自分から口を出すことは無く、出入りも裏口から。里で個人的な買い物や用事を足し、霊夢などの知人に会う生活だ。
 レミリアに関する事柄には一切の進展が無かったが、それならそれで、と咲夜も腹を決めている。主が戻れば良し、戻らなくてもレミリアあっての自分という初心を貫くつもりだった。
 故に、美鈴に相談されれば思った通りのことを口にできた。
「単純に能力だけを見れば、妹様の方がお嬢様より上かもしれない。物事に対するエネルギーの使い方も大胆だし、精微さもあるわ。ただね、まだ立場で物事を考えられないの。考えた中で良いと思えるものを実践しているだけよ」
「……お嬢様がそうさせたんですよね?」
「そのはずよ。でも、そうだとすると少し変よね。今の状況をお嬢様が予測できなかったわけがない、ということになるでしょう?」
 傍から窺い知れるレミリアの心情をとりあえずは真実だと仮定するなら、そこからは妹に対する優越感と愛情の両方を汲み取ることができる。
 どちらにせよ、ただでさえ自身の立場に誇りと責任を感じているレミリアが、全てを捨てて逃げ出すなどありえない。
 咲夜の説明に鼻息を粗くした美鈴は、語り部の冷静さに違和感を覚えた。
「咲夜さんは、お嬢様に捨てられたとは思っていないんですか?」
 嗜み程度に知っている煙草を咥えていた咲夜は、擦ったばかりのマッチを一瞬だけ忘れたかのようだった。
 止めた動きはすぐに再開された。手品みたく機敏に手首を返してマッチの火を消し、細長い巻きの煙草をゆっくりと吸い上げる。
 白と紫の二つの煙が窓に誘われるまま出て行く。咲夜の魂が尾ひれを引いているのだと、美鈴には感じられた。
「考え過ぎよ。私はどこにも行けないし、連れて行ってもらえなかったわ」
 咲夜の洞察に、美鈴が唾を飲む。それを咲夜は笑った。
「お嬢様に捨てられた? 畏れ多いにも程があるわ」
 後半はほとんど吐き捨てるような口調で、美鈴は居た堪れなくなった。わざとらしく煙草の煙に咽てから、彼女は席を立った。
 去り際、咲夜が呼び止める。
「またいつでも来てよね」
 美鈴は返事らしい返事はせず、一礼だけして部屋を出た。
 この人は他人の扱い方は上手いが、自分の扱われ方については考えたことがあるのだろうか。いつかそれで他人が困ることにならなければ良いが。
 そうした考えは遠からず当たることになる。

 第二期体制の欠点が表に顕れたのは、それからしばらくしてのことだ。
 結果によってもたらされた求心力は結果に飽きられ始めた瞬間に無意味なものとなりうる。これが人間社会ならば給金や保険などの生活保障でもって瓦解をある程度まで防げるが、相手は妖精などの妖怪、安定を良しとする者は少数派だ。
 以前から問題視されていた一般メイドの気紛れさは全く改善されておらず、フランドールの与えた新鮮さの後では、かえって悪化した。
 レミリアの場合はメイドの好きにさせることによって彼女の長所を引き立てていたのだが、フランドールにとってメイドはアキレス腱にしかならなかった。
 とはいえ、これだけでは揚げ足取り程度の指摘にしかならない。
 話がややこしくなったのは、元メイドの者達、殊に長くレミリアに仕えた者が口を出し始めたことだった。
 咲夜のような明確な形ではないものの、レミリアに忠誠を誓っていた者は咲夜以外にもいた。両手の指で数えられるぐらいにしかいなかったが、確かにいた。
 咲夜がメイド長になったとき彼女を影で支えたのも、そうした同輩らの暖かい目だった。
 レミリアが去ったことに関しての感慨も、一様なものだったようだ。だからこそ、咲夜はどうしているのかと現役のメイドに訊ねもしたのだろう。
 本人らは明確な目的があったわけではなかったが、思わぬ余波をもたらした。いや、予測されるべき事態ではあったが、それにしても時期が早過ぎた。
 メイド達が咲夜を構うようになったのは、当初は女学生のような仲間意識、つまりは弱い者を貶める側面があるものを基盤としていたが、これが遊びに発展したことでいよいよ事態が悪化した。
 即ち咲夜という象徴でもって、アキレス腱が露出したのだった。
 当然、咲夜にトロイの英雄になるなどという考えは無かった。阿部定のように、逼迫した問題にも関わらず余計な脚色を加えられる立場にこそあった。
 さて、フランドールがこの事態をどのように収拾しようと試みたかといえば、咲夜の引っ越しだった。
 元々が人間、おまけに働く気すら無い者をいつまでも置いておくことはおかしい。
 この判断は現実的かつ機を利用したものではあったが、それが良くなかった。最初から遊びのことしか考えていないメイド達は、フランドールが真剣に事に当たれば当たっただけ、彼女をからかうつもりだったからだ。
 話し合いや合意に至る道筋はことごとく邪魔され、とうとうフランドールの堪忍袋の緒が切れた。
 咲夜の手による空間操作が行われていなかったことで、フランドールの放つ槍やら何やらの弾の数々はことごとく館を貫通、次々に地上から天へと流れ星が昇った。
「参ったわね……」
 ホールの天上に空いた大穴を見上げつつ、咲夜が煙草を吹かす。足下にはナイフが散乱していたが、どれもフランドールを落とすには至らなかった。そんな気も最初から起きなかったのかもしれない。
 煙が出て行った先、穴の向こうにはフランドールがおり、手先に全身全霊を込めた弾を作り出していた。
「妹様は連れて行ってくれるのかしら。ねえ、美鈴?」
 隣にいたはずの美鈴に声をかけたが、彼女はいなかった。
 人間の感傷には付き合い切れない。そういうことだろうか。神妙な表情をして煙草を深く吸った直後、彼女の傍に勢い良く流れ星が落ちた。
 想像していたような爆発は起きず、深々とした穴が床に空いただけ。煙に誘われて上を見れば、フランドールではなく美鈴が下降してきた。
「……もしかして、今落ちてきたのって」
「妹様ですよ。ほら、ここが無くなったら、妹様が外に出ちゃうじゃないですか。そう思ったらやたら力が出まして。これもワーカーホリックってやつですかね」
「羨ましいわ。本当に」
 咲夜は煙草を吸い切ると、煙草ごと火種を踏み潰した。

 フランドールが地下室に戻されると同時に、第三期体制が成立した。
 名誉的なものではあるものの、咲夜が代表の席に座った。彼女には未だ、やる気らしいやる気が戻っていなかった。
 実働の長となったのは美鈴だったが、彼女は彼女で館内における経験が少なく、これまた名誉的なものだった。
 結局、メイド達の自主性に任せつつ最低限の規律を保つという、無難な方針が打ち出された。この時期の紅魔館が「メイドのメイドによるメイドのための紅魔館」と冗談混じりに呼ばれるのは、そのためだ。
 メイドの働く館というよりは、同好の士の寄り合い所帯となっていたと言って良い。
 全体的にメイド達の意識は内向きで、特筆に価する活発さは無かった。代わって特筆に価したのは、一種の思想活動が目立ち始めたことだった。
 あるメイド曰く、紅魔館らしさとは何か。この提議は危険さも孕んでいる。紅魔館らしさを問うならば、幻想郷が幻想郷足る事由まで言及する必要があったからだ。
 そのようなものに頼らなくてはならないほど、末世的な風潮が第三期体制の紅魔館にはあった。
「まあ、遊びなんでしょう。好きにさせておきなさい」
 これは咲夜の言葉だ。来る日も来る日も煙草をやっていた所為で、陰陰鬱鬱とした雰囲気すら板に付いていた。
 おまけに幼いメイドを囲い始める始末で、本人は「可愛がっているだけ」と弁明したものの、説得力に欠けた。
 一応、後に確認した者によれば「性的な行為に及んだ事実は一切無かった」が、まだメイド服が大きく見えるぐらいの歳格好のメイドを気だるい仕草で撫でる姿は、傍から見れば危険を感じるに十分だった。
 こうしたことに象徴される鬱屈した空気に最も影響を受けるのは、一般メイドに数多く含まれる妖精なのは自明のことだ。
 この時期、館内の清掃がメイド達の手で自主的に行われていたのも、方針に触発されてのことではなく、何かしなければという焦りが生じていたためだろう。
 ある意味、吸血鬼の館らしい館と言え、実際に口にする者までいた。それは揶揄としてだったが、実は重要な要素を孕んでいた。

 深夜、ドゴンという音が屋根から地面までを突き抜けた。その軌跡上に咲夜の部屋はあり、愛飲の煙草に火を付けたときのことだった。
 マッチを擦ってくれた幼いメイドは咲夜の膝の上に顔を伏せており、それをなだめつ、咲夜は煙を吐いた。
「妹様……じゃないのね。まあ、誰でも良いわ。あまり埃を立てないでもらえる?」
 部屋を貫通した穴からは埃どころか瓦礫やら土煙やらが上に下にと舞っていたのだが、それが止む頃、咲夜の口からも煙が途絶えた。
「咲夜さん、無事ですか!」
 勢い良く扉を開けて、美鈴が部屋に飛び込んで来る。彼女は煙草の臭いに顔を顰めてから、眼前の光景に目付きを鋭くした。
「お嬢様!」
「あれから何分経ったの?」
 宙に浮かんだレミリアは泰然とした態度で腕組みをしており、小さな翼は雄雄しく広げられていた。
 咲夜は咥えていた煙草をメイドに預け、椅子からよろよろと立ち上がった。
「二十八万八千百四十七分でございます、お嬢様」
「……あと少しで年齢がずれる所だったわね」
 レミリアはもっと短時間の出来事だと思っていたようで、気まずそうにしながらも床に下りた。
「咲夜」
「畏まりました」
 何をしろとも言わず、聞かず、それぞれに動き始める。ようやく歯車が噛み合ったことを、美鈴は察した。


 その日、レミリアは最初に館の異変を察知した人物の一人だった。
 とりあえず咲夜でも呼ぼうかと思ったが、どうせ彼女のことだ、じきに事態を察して動いてくれるだろうとも考えた。
 力場の伝わり方からして、どうも図書館で何かあったらしい。そこには彼女の親友がおり、とりあえずでも無事を確認しておきたかった。
「それで、どうされました?」
「さあ」
「さあ、って」
 思わず言葉が乱暴になる咲夜だった。レミリアは本当に知らないとのことで、白いばかりの空間の中で感じ取った、覚えのある気配に向けて渾身の力を投げたらしい。
「一瞬、咲夜の悪戯かと思ったわよ」
 レミリアは微笑みつつ、その咲夜の出してくれた紅茶を飲む。
 それで咲夜は十分に満足している様子だったが、美鈴は言葉を濁しつつ、核心に触れた。
「あの、それってどう考えても……その、アレですよね、アレ。いわゆる一つの……」
「言ってごらんなさい」
「ぶっちゃけ、パチュリー様が原因では」
 言った途端、空気が固まったように感じられた。それはまったく瞬間的なことだったが、故に印象的でもあった。
 チンという上品な音を立てて、レミリアがカップをソーサーに置く。
「さてと、美味しい紅茶も飲んだことだし、今日はもう寝ようかしら」
「シーツは先ほど取り替えさせていただきましたので、存分に」
 てきぱきとした口調で意思疎通を終え、レミリアはさっさと咲夜の部屋を出た。
 美鈴はどうしたものかと部屋に空いた穴や咲夜の様子に目線を動かしたが、咲夜は相手をする気が無いらしく、無言で紅茶を片付けている。
「……とりあえず、私はどうしましょ?」
「門にでも立っていたら?」
 そう言われては、そうするしかない。釈然としないながらも美鈴がドアノブに手をかけたとき、咲夜が凛とした口調で言った。
「誰が来ても通しちゃ駄目よ。良い? 『誰が来ても』よ?」
 良かった、やっぱり怒ってるんだ。美鈴は妙にほっとして、懐かしい職務に戻った。

 後日、咲夜によって図書館の空間を隔離されたために本を取り出せなくなったパチュリーが泣き付いてきたが、三日三晩通してもらえなかったという。
 館内部の空間維持すら崩壊させるほどの実験を行った大魔女は、こう主張した。
「実験が失敗しただけじゃない! それがどうしたって言うのよ!」
 世の中には、その便利な言葉を使ってはいけない者が存在する。
 即ち、無法者である。