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はじめちょろちょろなかぱっぱ

 風が吹けば不安になる。余計なことを付け足して、信じなくても良いものまで信じようとする。それが浮世というものならば、せめて冥界ではあるがままに受け入れた方が良いように思う。
 しかしながら、忙しい午前中から上がり込んできた客人を妖夢は受け入れ難かった。
「幽居というのは、ひっそりと暮らすものだと聞いております」
「ひっそりとしとるよ。お前の胸ぐらい」
「全然ひっそりしてませんよ!」
「何ちゃっかり胸があることアピールしてんの!?」
「爺様が誹謗するからです!」
「誹謗しとらんよ! どう見てもお前の胸はひっそりしとるよ!」
「してませんー!」
「しーとーるー!」
 犬に吠えられたからといって犬のように吠えるのもまた畜生であるが、この祖父と孫は畜生どころか修羅同士であった。
 生まれながらに死に、死にながら生きる。それが彼ら半人半霊というもので、人の体の傍には常にその一魂がふよふよしている。
 仏道で身を修めることで一応は人並みに過ごせているが、基本的には残虐非道な辻斬りバカの一族である。そこら辺、天狗などと似ている。
 そんなバカでも幽居願望はあったようで、孫の妖夢にさっさと役目を押し付けて引退した妖忌である。
 それがいきなり帰ってきて熱いお茶を所望しあまつさえ可愛らしい妖夢ちゃんのパイオツチイサイデーと謗っておるのだから、お孫様がお怒りになるのも無理からぬことだろう。

 ともあれこの醜い争いは、主人である西行寺幽々子によって鎮められた。
「妖忌、ちょっと耳を貸しなさい」
「え? ああ、はいはい、――え? やっぱり? ああ……」
 急に温かな目で見詰めてきた祖父の態度といい幽々子の耳打ちの内容といい釈然としない妖夢だが、これ以上は泥沼であろう。
 熱々のせいで茶葉が台無しになっている茶を啜って妖夢が我慢していると、妖忌が名刺を机の上に差し出してきた。
 いったい、何だろう。妖夢が幽々子と一緒に前屈みになって名刺を覗き込む。書かれていたのは以下の内容だった。


  ※※※※※※※※※※※※※※※※※
     オカマバー 『妖夢』 
          (中略) 
        オーナー 魂魄妖忌 
  ※※※※※※※※※※※※※※※※※


「なんでカマバーの名前に孫の名前使ってんですか!?」
「妖夢、突っ込みどころはそこじゃないわ。オカマだけに」
「間違いなくそこですよ! あと強引な下ネタはオカマさんに失礼ですよ!」
 カマバーなんていう乱暴な略し方をしている割には謙虚な妖夢だった。幽々子がそれとなく妖忌に目配せをすると、彼が釈明した。
「わしゃあ、何かあれば斬ってばかりの粗忽者……ただ幽居しても罪が贖えるものでもない……御役目でコツコツ貯めた財産を、少しでも世の中のために使えればと、行き付けのオカマバーに出資したら、元のオーナーが何故か死んでのう……従業員を路頭に迷わせるのも不憫でな。元オーナーの遺志を継いだんじゃ」
 聞けば聞くほど不穏な空気が漂ってくる。元オーナーの死因を聞きたくて堪らなかったが、妖夢は大人の対応でスルーした。どうせそのオーナーもまともな人ではあるまい。そういうことにしておこう。
「で、肝心の店の命名の理由は?」
「『若くして死んだ孫のことが忘れられない哀れな爺』というキャラを今更変えられなくて……」
「なんでそうやって自分以上に孫を追い込んでいくの!?」
「ふふ、やはり儂にとって甘えられる肉親はお前だけだったということじゃな」
「何を良い話に持ってこうとしてんですか! 甘える以前に孫に対する認識が甘過ぎでしょ! メロンにハチミツどころの騒ぎじゃないですよ!」
「わしゃ、メロンと生ハムの組み合わせが苦手でのう」
 妖忌の言葉に「あー、わかるー」と頷く幽々子である。今日の夕飯のメニューが確定したところで、妖夢は名刺を自分の胸ポケットに突っ込んだ。
「なんじゃ、後で面接の電話でもかけてくる気か? ボデーガードなら儂がいるから採らんぞ。あと手書きは見辛いから履歴書はパソコンで打てよ」
「かけませんし、打ちません。これは後日、実家に見せるためです」
 西行寺家はあくまで出仕先であって、魂魄家は別にある。長々と解説するのもなんなので、コンパク谷のコンパク村にあるということにしておく。楽しい辻斬一家である。
 妖忌はおもむろに腕組みをすると、溜息をついた。
「実は最初から、それが目的だったのだ」
「……というと?」
「儂はお前を実家から強引に引き取った身だ。今更どの面さげて挨拶に行くというのだ。かといって、全く報せないのも道義が廃る。そこで恥を忍んでお前から報せてもらおうと、こうしてやってきたのだ。あっ、もちろん幽々子様の麗しいお姿も拝見に来たのですぞ」
 と、調子よくにかりと笑って、幽々子のご機嫌を取る。何故かそれで喜ぶのだから、幽々子の機嫌はゴジラよりわかりづらい。
 妖夢の脳裏には実家の親の顔が浮かび、それと祖父を繋ぐ糸を自分が摘んでいるのだと自覚した。
 妖夢は熱い茶を飲み干してから、胸ポケットを叩いた。
「その役目、確かに承りました」
「うむ」
 爺は爺である。せめて冥界では、孫の自分ぐらいは受け入れてやっても良いのではないか。
 そんな気がした妖夢は、とりあえず空になった湯呑みを爺の額に投げ付けて、割ってやった。
「……っつー! 何すんじゃ!」
「うっさいハゲ! 話も済んだからには、さっきの続きですよ!」
「ハゲとらんわ! 剃ってるだけじゃ!」
「そう言って誤魔化してるの、前からですもんねー」
「誤魔化してませんー!」
「しーてーるー!」
 醜い争いが再度勃発したところで、幽々子の腹の虫が鳴った。
 久々に、西行寺家が一番賑やかだった時が蘇っていた。