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掘るもん

 こつこつ、ごつごつ、岩を削る。そのツルハシの一掘りは力強く、むしろ穴を空けているような具合だった。
 これを、没頭というのだろう。この深い深い穴の中に体だけでなく精神も埋没してしまいそうな。しかし周りが、自分以外が岩ばかりなら、それはある意味で解放と言えるのではなかろうか。綿だろうと、岩だろうと、包み込まれてしまえば。
 ふふ、と顎をさする。こんな地の底でツルハシを振るうのに、頭をひねってどうするというのか。
 すっかりと顎髭も豊かになって、口ひげと一緒になってしまった。こんな姿は知り合いに見せられないなあ、と思っていたら、珍しく穴の外の方から、声が聞こえた。
 普通なら上の方が外だが、地下から掘っているので、下側からである。およそ二十度ほどの傾斜を上ってきた来訪者は、こちらの陰を見つけて、目を凝らしたようだった。それから手元の灯りを、こちらに向ける。
「ぎ、ぎゃああああああああぁっ!」
「ちょっと、大声出さないでよ」
 こちとら、落盤しないように色々と気を遣っているのだ。要所要所で要になるものを打ち込んであるから多少のことではびくともしないが、後ろの方で面を固めている河童らの作業が追いつくまでは、安心はできないのだ。
 比那名居天子は今、トンネル工事をしているのである。
「って、綺麗に片付けないでくださいよ! そのもしゃもしゃはなんですか、もしゃもしゃ!」
 久々に様子を見に来て、驚いているのだろう。永江衣玖は妙に似合うヘルメットを被り直した。なお、それは天子も着けている。安全第一なのは、丈夫な天人でも同じである。
「もしゃもしゃって……ああ、髭? お天道様に長いことお目にかかってないから、そりゃホルモンバランスぐらい崩れるでしょ」
 あー、かれこれ、半年ぐらいか。旧地獄街とかいう場所から地上めがけてトンネルを掘り始めて、結構な時間が経過している。
「私だってもっと早くやりたいんだけど、あんまり一挙にやると、いくら落盤の対策しても、真ん中から落ちちゃうのよ。柱のない天井みたいなものだわ。だから河童に頑張らせてるんじゃない。文句があるなら河童に言ってよ」
 技術担当として河童二十名弱の他にも、力仕事専門ながら、旧地獄の鬼達も手伝っている。今頃はえっちらおっちら、運び出した岩を灼熱地獄に運んでいることだろう。
 旧地獄街から人間の里を繋ぐ地下トンネルには、開通と同時に鉄道も走ることが決まっている。電力は全て核融合で賄われるとのことだが、こんな大プロジェクトの責任者は、言わずもがな八雲紫だ。しかしほとんど名義だけであるから、では誰が事実上の責任者かと問えば、このひげもしゃ、比那名居天子だと答える必要がある。
 衣玖はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、空気が悪いからか、げっそりとした顔で手紙を渡し、来た道を戻っていった。
「あんなになるぐらいなら、外で待ってれば良いのに」
 一日一度は、必ずトンネルから出ていることぐらい、知っているはずなのだ。
 とりあえず愛用のツルハシを置いて、灯りの傍で手紙を開く。案の定、父親からのものだった。
『前略、娘へ。以前の騒動が原因とはいえ、家から出して仕事をさせていることを申し訳なく思う日々を過ごしている。もし足りないものがあったら、いつでも手紙に書くように。byパパ』
 パパなんて一度も呼んだ覚えはないのだけれど。
 しかし、まあ、とりあえず、だ。
 顎を擦って、剃刀は頼もうと思った。


 愛用の物が一つ増えて数日。二週間振りの休暇の朝を迎えた。とはいえ、太陽が昇るわけでもないので、どこか気怠い。とりあえず起き上がろうと思って布団から出ようとすると、一緒に寝ていたらしい河童の子が、腕に絡みついていた。
 鬼達の寄り合い所の一角を借り切って地上からの出張組に充ててもらっているが、とても足りない。相部屋は当たり前で、その上、飲んだらそのまま、出先の部屋で寝たりする。それでも一人として欠けていないのは、河童にとっても魅力的なプロジェクトなのだろう。
「お、いたいた」
 すすっと廊下側の襖を開けて、河城にとりが顔を出す。普段は資材搬入などを取り仕切っているものだから、顔を合わせる機会は少ない。彼女の人となりは淡泊を極めるので、天子の隣に胞輩が半裸で寝ていても、特に気にならない様子だった。
「新型の電気髭剃りの実験なら、もう良いよ? 間に合ってるし」
「ああ、親父さんから剃刀をもらったってね。やっぱり天界には良い物品が色々とあるのかい?」
 しげしげと天子の顔を眺めて、言う。気になって手をやったが、髭は生えていなかった。何度か丁寧に剃っただけで、これである。刃文が繊細な証である。
「ふむ、なるほどね。まあ、剃刀のことでお邪魔したんじゃないんだ。一緒に御飯でもどうかと思ってね」
「……あれ、もしかして、朝食って済んじゃったの?」
「今はこの辺じゃない?」
 と、自分の下腹部を指さす。女の子がやる仕草でもない。天子が笑うと、ちょうど寝ていた河童も起きた。
「およ、にとり……おはよ」
「やあ、昼は外で、そうめんさ」
「ええー! またなのー!?」
「トマトとキュウリもあるぞ! 地上からの差し入れだ」
「わあ!」
 飛び上がって喜ぶかと思いきや、天子の二の腕をぎゅっと抱きしめる。くそ、こいつ私より……などと天子が思ったかどうかは定かではないが、三人は五人、五人は十人と数を増し、逗留している所の近くにある広場で、食卓を囲んだ。
 気の早いことにそうめんが茹で上がる前から野菜だけが並べられて、様々なカッティングがされていた。ただのきゅうりとトマトなのに、よくもまあここまで凝れるものである。
 畑の一度の収穫を全て消費するのではないかという量だったが、そんなことお構いなしに、河童達は食べ始める。じきにそうめんが出てくると、ずるずるずそそそ、音が鳴り始めた。
「……修羅場だわ」
「およよ、これが普通ってもんさ」
 独り言を聞かれたらしい。にとりはにやにやと笑いながら、天子の隣に座ってきた。
「んまあ、こんな騒ぎも、あとちょっとで終わっちゃうけどね。天子の計算だと、そろそろ地上に出られるんだろ?」
「明日明後日にはイケるんじゃない?」
「はやっ!」
「まあ、すぐ上に岩盤のでかいのが一つ、あるんだけどね。緋想の剣があれば簡単に貫けるんだけど……」
 ツルハシで同様のパワーを発揮しようものなら、罅の入った岩盤が落ちてくることだろう。
「あの黒白の……八卦炉だっけ? あれでも良いと思うんだけど、貸してくれないでしょ?」
「頼み込めば大丈夫じゃないかな。んー、でも……」
 折角、ここまで自分たちで頑張ったのだ。出来ることなら、自分たちで。そういう気持ちがある。
 これが人間達のプロジェクトだったなら、結果だけを優先させるべきだ。長引けば、人命にも関わる。
「要はこういうことだよね?」
 言いながら、取っておいたらしい一個のトマトを食卓に置く。
 そこに箸を勢いよく突き刺して、引き抜くと、トマトに余計な変形はほとんど起こらなかった。
「上からボーリングするの?」
「確かに見た目はこれと一緒だけど、やってること自体はツルハシと一緒だよ。ゴンゴン、ってね」
 大体、それだと岩を上に出す仕組みも一緒にしないといけないらしい。手間が増えるだけだ。
「じゃ、やっぱり慎重にツルハシでやるしかないね」
「でもそれだと、天子にばっかり負担がかかるじゃん?」
「いいって、そんなの。それに、開通したら私の銅像建ててくれるんでしょ?」
「げげっ、本気にしてたの?」
「……嘘なの?」
「……やるよ、やりますよ」
「なら、いーじゃない。さってと、それじゃ今日が最後の休みね。景気付けに宴会でもやりましょうよ」
「お、良いね!」
 にとりが大声を出したのを聞いて、他の連中も寄ってきた。時間も忘れて、その日は飲みまくったのだった。


 天子が聞き慣れない音を耳にしたのは、翌日のことだった。トンネル現場の方で大きな音がしたようだったが、落盤でもあったのだろうか。
 これは宴会が無駄になったな、と苦笑いしていると、現場の方から数名の河童が走ってきた。
「あれ? あんたたち、寝てたんじゃないの?」
「寝てたよ! 寝てたけど、にとりが面白そうなことしてたから、覗きに行ってて!」
 ぼうっとした頭のネジが、はまった音がした。河童らを押しのけて、我先に現場へと走る。まず違和感があったのは、鼻だった。
 火薬臭いのだ。いざというときに少量でも使えるように保管してあったはずだが、そのテントを覗いてみれば、空になっていた。
「全部使って、何やったの!?」
「い、一箇所に爆発を集中させて、穴空けるんだ、って……」
「……それで?」
 怒りに似たものを覚えいたが、努めて冷静さを保つ。
「……空かなかったんだ。今、そのとき落ちてきた岩の欠片で、にとりが閉じ込められてる」
「あなたたちは鬼達を呼んできて」
 天子はどうするのかという問いに答えず、トンネルの中に飛び込んだ。
 通い慣れたトンネルの全長は、既に数キロ以上になっている。いつもはそんなことないのに、息が切れる。小石に足が取られる。
 頭をぶつけて、ようやく止まる。そこが終点だった。大きな平型の岩が、先にあるであろう空間への道を閉ざしていた。
「にとり、いるの?」
「おう? 天子か。今のところ無事だよ」
 呑気そうな声が聞こえたが、天井の方に振動がある。落盤の前兆だった。
「ちょっと離れてなさい、ぶち破るから!」
 作業の後に転がしたままにしておいたツルハシを手に取ったが、にとりが退こうとしないのが気配で知れた。
「駄目だよ、こいつを割ったら、そっちにまで被害が出る。そしたら、また半年かけて迂回しなきゃだ」
 かちゃかちゃと、何かをいじる音が聞こえて、天子は慌てて岩に耳を当てた。
「ちょっ、まだ何かする気なの?」
「念のため、自分用の爆薬を用意しておいたんだ。特別製だから、上手くいけば、天井ごと地上に出られるさ。怪我ぐらいはするだろうけど……ほら、後は点火するだけだ。離れるのはそっちさ」
「ば、馬鹿言わないでよ。それなら私もここにいるわ!」
「……わかった。じゃあ、これが成功したら……ううん、後にしよう」
「うん、後ね! 後だからね!」
 ため息のようなものが聞こえたが、いよいよ振動が迫ってきた。
 その周期に合わせるようにして、にとりが点火ボタンを押した。


 ひげもしゃの天子がガレキの下から救出されたのは、二日後のことである。
 助け出したのは、衣玖だった。彼女の顔がまぶしく見えて、天子は覚醒した。
「……地上……?」
「はい、おめでとうございます」
 にとりの爆薬の威力は想像以上だったようで、天子がいた部分も一緒に、地上に吹き飛ばしたのだった。おかげで当初の予定より大きな穴が空き、駅の建設に十分なスペースが既に確保されていた。ざっと、五十メートル四方もある。そのために天子の発見が遅れたわけだが、トンネル開通祝いの宴会が行われたためでもある。
「総領娘様の丈夫さは、皆さんご存知ですからねえ」
「私はともかく……にとりは?」
「そうめんを茹でてらっしゃいますよ。もうすぐ天子が出てくるだろう、って」
「……天ぷらも食べたいわね」
「これからはきゅうりを食べる量も増えそうですしねえ」
「は? あんた何か言った?」
「いえ、別に。ほらほら、髭ぐらい剃りませんと」
 わざわざ取ってきたらしい剃刀を見せる。天子が下半身をガレキの下から出したとき、食事が出来たという声が聞こえた。

 彼女とにとりが肩を並べた銅像が駅に建てられるのは、一ヶ月後のことだった。そこに彫り込まれた言葉は、盟友、だった。