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幽香の風見

 初夏の明け方、空の下。若草色のテントの入り口から、灯りが漏れ出た。
「ふわーあ……今日は烏も静かだわー」
 風見幽香は寝ぼけながら、ランプを点けるのに使ったマッチで、煙草にも火を分けた。フィルターの無い吸い口から苦味が滲んで、煙と一緒に頭を掻き混ぜる。
 テントはやや大きめのもので、岩場の陰に杭で固定してある。寝間着姿で足を伸ばすには十分な広さだ。
 床には麻で編んだ敷物があって、敷布団も兼ねている。掛け布団は薄かったが、鴨の羽毛を縫い込んであって、これ一枚あれば妖怪の体力なら冬も越せるぐらいだった。
 梅雨が明けてからこっち、幽香はこのテントで暮らしていた。
 この岩場を降りればすぐに渓流に出られるし、近くの山には手入れし甲斐のある花の群生地が点在している。楽山楽水とまではいかないが、だらだらと過ごすのさえ心地良い。
 近頃は温泉やら核融合やら、新聞の勧誘にUFOと、幻想郷が楽園というよりもお化け屋敷の様相を呈してきているが、別にそういったものに嫌気が差したわけではない。
 拠点となる家を中心にして、幻想郷中で好き勝手に暮らす。そういう生活をずっと昔から続けている。
 テントはここ二十年ぐらいで使うようになったが、それより前は庵を結んでいた。小屋も各地に持っているが、テントの方が気楽である。
 テントなら、移動しようと思い付いたら、その日の内に移動して設営できる。草庵となると、設営も片付けも面倒だった。
 草庵なんて、ちょっと目を離しただけで酷いことになる。放置してぼろぼろになった結果「こんな所にあの妖怪は住んでたのか」と思われたくない。
 テントの入り口を開け放ち、取っておいた薪でもって、テントを出てすぐの場所で焚火を始める。着火には天狗の新聞に火を移したものが大変便利である。
 火が安定したのを確認して、机にも使える大きさのトランクケースから着替えを取り出し、身支度を整える。大体、三日ペースで拠点の家に戻り、洗濯と服の詰め替えをやる。
 昨日の夕方に汲んでおいた水でタオルを濡らし、顔を拭う。どうせ後で川に行くので、簡単に済ませる。
 残った水でコーヒー用のお湯を沸かしながら、煙草をもう一本。
 普段は吸わないのだが、こういう生活のときは常備してある。気分転換になるし、そこそこの虫除けにもなる。
 朝食はジャガイモを石で焼いて、バターを乗せたものだ。それをハフハフやれば、幽香には十分だった。
 彼女のような妖怪は快適な生活さえしてれば、量を食べる必要が無い。低俗な妖怪ほどがっつくことになるわけだが、そういうのは当然、退治され易い。もっとも、どんな妖怪も妖怪には変わりが無いから、人間に歓迎されるわけでもないのだが。
 このジャガイモも里で仕入れたものではなく、先日まで住んでいた場所で作ったものを、持ってきた。大半は倉庫に寝かせてきたが、手元にあるものだけでも二日分はある。
 ところで、焼いたジャガイモは二つある。自分の分を食べ終えた幽香は、残った方の熱々のジャガイモに枝を突き刺した。
「まあ、これで良いでしょ」
 空になったカップを置いて、おもむろに腰を上げる。
 吸い終えた煙草を指で弾くと、葉っぱが弾けて、火種だけが下に落ちた。

 岩場から山の斜面を少し行った所、日当たりの良い場所に、幽香の畑がある。山からは水も染み出ているから、タンクに貯めておくだけで水遣りには足りる。
 初夏の逗留のために春の内からちょくちょく足を運んでいたから、既に作物が成っている。茄子に胡瓜、しし唐にトマトと、バランスは良い。
 困ったのは烏避けの方法で、ここは妖怪の山に近いものだから、寄ってくるのがタダの烏ではない。これまでも実った作物の四割弱は烏共の胃袋に収まっている。
 まあ、幽香はそれを見越して作っているし、一々腹を立てるのも馬鹿らしいから、これまでは放っておいたのだが……。
「はーい、ご苦労様。朝御飯あげるわ」
「あっづ! あっづ! ジャガイモあっついって! あづぅ!」
 崖に面した所に立てられた十字架。そこに、姫海棠はたては括られていた。
 はたての体のあちこちには啄まれた跡があり、烏達は彼女をいじめるのに夢中で、作物をほとんど荒らしていない。
 よりにもよって幽香の家に花菓子念報のサンプルを放り込んだのが、はたての運の尽きだった。
 幽香も自分から好んでこういうことはしないが、勝手に畑の作物を取られているのは事実で、同族同士で潰し合わせるぐらいなら、心も痛まない。
 別に他の烏天狗でも良かったが、新聞の文面から採用が決まった。
 採用通知から即日夜勤である。まったく、ご苦労様なことだった。
 ジャガイモを齧らせるだけ齧らせると、幽香ははたてを下ろしてやった。
「ま、まさか本当に一日だけで下ろしてくれるなんて……」
 昨日捕まえたときの約束である。幽香は崖に生えるタンポポを見遣りながら、微笑んだ。
「明日は我が身と烏に思ってもらえれば、それで十分だわ。やり過ぎると、最終的に私が恨まれそうだし」
「私が恨むには十分過ぎるわ!」
 はたては乱れた服を手で押さえながら飛び立っていく。
 幽香が指を鳴らすと、はたてが括られていた十字架にタンポポの種が飛んだ。
 十字架にくっ付いたそれらは一挙に成長して、咲き乱れた。


 畑で必要な分だけ収穫した幽香は、一度テントに戻ってから、川まで出た。
 手籠に野菜を幾つか放り込み、ポットやカップなども突っ込んできた。
 顔を洗い終えた幽香は、胡瓜を洗って、齧った。味噌は無いが、取れたてなので歯応えがある。
 ボリボリと噛み砕きつつ岩に腰掛け、水面に釣り竿を垂らした。
 まだ早朝のこと。辺りは静かなもので、釣り針までもが水面の下で眠っているような感慨を幽香は味わう。それは魚心にも通じていたから、まだ釣るには水温が低いことも、わかっていた。
 それでもこうして、川の流れの中で眠るのはどんなものかと、川面を見ながら想像するのは楽しい。
 胡瓜は一本で十分だったから、食べ終えた後は本格的にくつろぎ始める。
 ロングスカートの裾を器用に手操って、胡坐をかく。頭の中はいい加減になって、あの詩の節はこうだったか、それともああだったかと、取り留めも無いことが過るようになる。
 よく太公望だなんて言うが、幽香にしてみると、あれは考え過ぎないための所作のように思える。こういう状況にいると、かえって思考が漠然となるからだ。
 そりゃあ、妖怪と人間の違いがあるけども、太公望こと呂尚は妖怪染みているし、案外、同類かもしれない、などと思ったりもする。
 あるいは、中国と日本の風景には違いがあるから、それが頭の回り方にも影響するのか。
 いずれにしろ、どこの土地でも妖怪は妖怪で、人間は人間で、変わり者は変わり者なのだろう。
 云々。――
 川面の色が変わり始めた頃、釣り針に当たりがあった。
 一度、針が刺さってしまえば、弾幕ごっこより簡単である。
 クックックッ、と弾みを入れて、魚の緩急に合わせ、上げる。
 この時期なら鮎を望めそうだが、幻想郷は海と繋がっていないらしく、岩魚が精々である。それでも、まだ暗い印象のある水の中から鱗を躍らせるのは、壮快なことだった。
 釣れたのは、やはり岩魚だった。
「思ったより、温かいのかしらね」
 岩魚の肌の具合を眺めるだけ眺めて、幽香は岩魚を逃がした。
 食事時に釣れれば食うが、それ以外の大半は逃がすようにしている。
 釣り人の崇高な精神とかいうのではなく、そう頻繁に食っていたら、飽きるのだ。胡坐を解くのも面倒臭い。
 ウェストポーチから餌を出して、再び釣り始める。あまり連続で当たりがあっても萎えるので、今度の餌は少なめにしておく。
 竿を脇の下に挟み、ハンカチで手を拭う。
 そのとき再び当たりがあった。
「ちょっ、食い意地張り過ぎでしょ」
 うっかりハンカチを落としてしまったが、幸い、川原の方だった。
 竿を構え直した幽香は、ハンカチを気にしつつ、二匹目を釣り上げた。
 その岩魚を釣り糸から外さず、幽香はハンカチの方に投げた。
 ハンカチは、宙に浮いていた。
「へぎゃあっ!」
 ビタっと岩魚が透明な何かに張り付く。ハンカチが宙を舞い、川原の石が鳴る。
 やがて、河童のにとりが擬装を解除し、姿を現した。
 籠から失敬した胡瓜は、手放していなかった。
「岩魚弾、利き目あるわねえ。今度、使ってみようかしら」
「生き物を玩具にしちゃ駄目!」
「玩具じゃない生き物なんて生きてる価値が無いわ」
「それはそれで平等な精神だね!?」
 とにかく、岩魚を手元に戻して、幽香はまた逃がしてやった。
 胡坐を解くのはやはり面倒臭い。指先をクイっとやって、にとりの方から来るように促す。
「逃げようなんて思わないことね。私にかかれば、河童からだって釣り竿で尻子玉抜いちゃうんだから」
「はっはっは、やだなあ、尻子玉は人間にしか入ってないよ」
「……詰めてあげましょうか?」
 ただの冗談だったのだが、にとりは涙目になって、寄ってきた。
 何故か、持っていた胡瓜を差し出す。
「何よ?」
「ど、どうせ入れるならこれで!」
「玉じゃないでしょ」
「胡瓜が玉になるぐらい詰めてくれるなら、喜んで!」
「私が喜べないわよ」
 河童の神経はよくわからない。胡瓜ばかり食ってる所為で、脳味噌が痩せてしまったのではないだろうか。
「ああ、胡瓜と味噌ってそういう……」
「何だか凄く馬鹿にされた気がするよ!?」
 この調子だと、川の中の魚は逃げてしまっただろう。
 幽香は竿を置くと、岩を下りた。
「ひい!」
「別に怒ってないわよ」
 既に一時間以上もやっていたから、止め時としては悪くなかった。
 籠が置いてあるシートの上に足を伸ばして、煙草に火を点ける。少し湿気を吸ってしまったようで、一段と渋い香りがした。
「あなたもやる?」
「煙草は機械に良くないから、吸ったこと無い」
「へえ……まあ、こっち座りなさいよ」
 全くの初対面というわけでもない。にとりは背中の荷物こそ下ろさなかったが、シートに腰を落とした。
「それ、食べて良いわよ」
「はえ?」
「口に詰めるのが一番嬉しいでしょ?」
 にとりが、自分の手に持ったままだった胡瓜に気付く。
 彼女は鼻を指先で掻いて、ごそごそと懐から瓶を取り出した。
「何それ」
「味噌!」
「良い色してるわねえ? 材料は河童の尻子玉かしらねえ?」
「汚い! これから食べようとしてるのに汚い!」
「他の命を食べるという点で、汚くないものなんて無いわね……」
「むう……深いな」
 全然深くないのだが、にとりは川で胡瓜を洗ってくると、味噌を付けてボリボリやり始める。
「んー! この胡瓜、おーいしー!」
「そんなに気に入ったなら、この籠の中の野菜、持ってって良いわよ」
「本当!? こんなに?」
 胡瓜だけでも十本あったから、にとりの喜び方は素直だった。
 幽香の作る野菜は里のものよりも芯が強かったから、妖怪好みなのかもしれない。
「どうせまだ畑にあるしね……あ、そうだ。あなた、この新聞の天狗知ってる?」
 籠の内側に敷いてあった新聞、花菓子念報を取り出す。
 くしゃくしゃになっていたそれを見て、にとりは二度ばかり頷いた。
「じゃあ、その中の胡瓜以外を届けてやってちょうだい」
「はいよー」
 にとりは荷物を下ろすと、その中に野菜を詰め込む。
 その嬉々とした姿を見ていると落ち着かなかったので、幽香はコーヒーを沸かすための薪を拾い始めた。

 昼を過ぎた。にとりが去ってから再び釣果を上げた幽香は、川原で岩魚を三匹焼いて、塩を振った。他の調理方法も色々やってきたが、これが一番、片付けが楽だった。
 にとりと話したことで、大分頭の回転が良くなったようだ。暗記していた詩文の節がすらすらと出てきて、気味が良い。
 屋根がある場所では絵も描いたりするが、持ち歩けるわけでもなかった。
 幽香は風景画だけでなく肖像画も好きだったから、今度は河童でも描いてやろうかという気になってきた。
 畑の水はやってきたし、今日はもうすることが何も無い。
 火を始末するとブーツを脱いで、シートの上に寝転がる。こんなことが出来るのも、今の内だろう。後数日もすれば、木陰にでも入らないと、この時間帯は過ごせない。人間と違って日焼けの心配が無いだけ、ましではあるが。
 幽香は体を横に向けて、腕を枕にした。川原の石がシート越しに体に当たって、こそばゆい。
 何度か膝を擦り合わせて、按配の良い角度を探る。そうしている内に何もかも面倒になって、目を瞑った。
 自分まで石になったような気持ちになっていると、背中に冷たい風が当たった。
「誰?」
 にわかに起き上がると、さっきまで自分が釣りをしていた岩の上に、天狗が立っていた。
「や、どうも。そのままで結構ですよ」
 射命丸文は蹲踞の格好になって、カメラを構える。
 無視しようかとも思ったが、幽香は結局、煙草を吸い始めた。
「あー、その煙草良いですねえ。いかにも悪巧みをしそうな感じで」
「悪巧み?」
 一際強く煙を吐いて、文を見据える。既に何度かシャッターを切っていた文は、カメラをしまった。
「近頃、幽香さんは愉快に暮らしているようで……」
「大半の妖怪はそうよ」
「烏を餌付けしてるのは幽香さんぐらいですよ」
 ああ、と幽香は得心した。道理で文の顔を見ないと思ったら、こそこそと嗅ぎ回っていただけのようだ。
 そういう変な所で安定感を与えるような活動をしなければ、読者らしい読者も付くだろうに。
「相変わらず、物事の断面しか見ないのね」
「人体模型とか好きなもので」
「保健室便りでも書いてなさいよ。誰も読まないっていう点では一緒でしょう?」
「私は読んでましたよ?」
 どこで、と聞くのも馬鹿らしいので、幽香は話を戻すことにした。
「餌付けについてはわからなくもないけど、あの磔にしておいた天狗についてはどう書くつもりなのよ?」
「『野菜で馴らした後に同族の味を覚えさせ、内部崩壊を図る。そんな恐ろしい計画の全貌を、引き続き調査したい』ってとこですかねえ」
「野菜で馴らされたぐらいで同族も食べちゃうんだ……」
「食べちゃうんですねえ。恐ろしいですねえ」
 捏造とか誤報とかそんなちゃちなもんじゃない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気がした。
「……あ、ちょっと待ちなさいよ。あなたも野菜ぐらい食べるでしょ?」
 それだと、自分まで同族食いとして一緒に見られてしまうのではないか?
 まあ、そんな深刻に記事を受け止める輩はいないと思うのだが、要は文のプライドの問題である。
 そこら辺について確かめたわけだが、当の文はしれっと答えた。
「野菜? 食べませんよ?」
「は?」
「私は滋養強壮のために肉【なまぐさもの】しか食べないようにしてるんです」
 幽香は頭が痛くなってきた。天狗とまともな会話をしようなんて、思うだけで罪なのはわかっていたつもりだったが、甘かったようだ。
 会話をしようと思っては駄目なのだ。
「はっ!? もしかして天狗が新聞を書くようになったのは、その業を知っていたからなのかしら!」
「何を盛り上がっているのかわかりませんが、楽しんでいただけてるようで何よりです」
 ちょっぴり恥ずかしかったので、改めて煙草を吸って落ち着く。
 これまでにわかったのは、普通に話そうとしても無駄なのに、記事にするのを止めろなんて言えばややこしくなるだけだ、ということだけ。
 幽香はしばらく思案してから、カメラのレンズを拭いていた文に提案をした。
「肉、分けてくれない?」


 文がくれたのは、猪肉だった。
 後で届けるからと言われて、畑で時間を潰してからテントに帰ってみると、五百グラム程の肉が新聞紙に包まれていた。
 ご丁寧に灰汁抜きの方法などまで書かれていたが、包装に使われていた新聞紙は、文々。新聞以外のものだった。
「手頃な量だわね」
 流石に肉食である。幽香は肉や野菜を下拵えして、カレーを作り始めた。
 カレー用のルーは常備してあって、これは紅魔館で作っているものである。他にも石鹸やシャンプー、コンディショナーまで作っており、貴族様も楽ばかりではないらしい。 
 里に出回るルーやスパイスを使うこともあり、手に入れ易いときに買っておく。
 後は煮込むだけという段階になってから、取り分けておいた茄子で生姜焼きを作る。そして胡瓜を酢で食べ易くすれば、メニューは出揃った。飯ごうも泡を吹いて、炊け時を告げる。
 既に太陽は酔っ払って、顔を赤くしながら山の向こうで横たわっている。
 じきにやって来たのは、にとりだった。
「早かったわね」
 お玉で味を見ながら、幽香が視線を遣る。もっと煮込んだ方が猪は味が出そうだが、既に十分な厚みがあった。
「天狗様から言われたから、早めに来たんだよ」
「その天狗様が……あっ、来たわね」
 にとりが座った横に、すとん、と下駄で降り立つ。
 文は、片手に袋を提げていた。
「じゃーん! 冷えたビール持ってきましたよ!」
「て、天狗様、テンション高いなあ」
 ビールは山の氷室で冷やされている物だとかで、瓶に詰められていた。近頃は地下でもビールが作られていて、日本酒の一択ではなくなってきている。
 幽香は受け取った瓶ビールをしげしげと眺めていたが、やおら煙草を吸い始めた。
「あや? まだやらないんですか?」
「ちょっとね……まあ、少し待ちなさいよ」
 文にはにとりだけを誘わせたが、幽香はもう一つの席に視線を流した。
「ああ、彼女ですか? 今頃、部屋に籠ってベジタブルなことでもしてるんじゃないですか?」
「ベジタブルなことって何よ……」
「ベジタブルなことは一人でするんですよ。そうでないことは二人でするんですよ。私は三人以上でも構いませんが」
 勝手に飯を皿に盛りながら、唇の端を吊り上げる。
 幽香は、呆れを隠せなかった。
「そういえば、あなた肉食でしょ? 誘っておいてなんだけど、カレー食べられるの?」
「ええ、肉食系ですよ? 食べられるに決まってるじゃないですか」
「……」
 煙草の灰が、ぽろりと落ちた。その灰が風で飛ばされて、幽香は火種を消した。
「おっ? 来ましたか」
 言いながら、文がルーをご飯にかけ始める。
 幽香が瓶の栓を抜いた所で、空けておいた席に、はたてが降りた。
「はっはっは! やっぱりあなた、文と通じてたのね! 河童を利用するとはさしもの私も――」
「はいはい、わかったから座りなさい」
「や、ちょっ、人の話を」
 文がグラスとカレー、食器を回すと、はたての所にも行き渡る。
 まさか立ち続けているわけにもいかず、はたても腰を下ろした。
「か、河童伝いに野菜を贈り、あまつさえ接待までするとは、風見氏の陰謀は……」
「陰謀論者って話が似通りさえしなければ、もっと人気が出ると思うんだけど」
 自分に負けないためか、ぶつぶつと言っているはたてを無視して、グラスにビールを注いでやる。
 やがて乾杯の音頭が、文によって取られた。
「ベジタボゥー!」
「え、それ私も言うの?」
「イェース! ベジタボゥー!」
「ボゥー!」
 アホらしい光景を横目に見つつ、幽香もグラスを宙に掲げる。
 にとりは真っ先に、胡瓜の酢の物に手を付けていた。


 カレー鍋は一晩で空になった。幽香が深夜に雑魚寝から目を覚ましたときには、文とにとりはいなくなっていた。
「片付け手伝わされるとでも思ったのかしらね……」
 端からそんなことには期待していない。とりあえず、新聞紙で食器を大雑把に拭って、後は朝になってからすることにした。
 幽香は煙草を吸いながら、唯一残っていたはたての寝顔を眺めていたが、鍋を片付けるときに邪魔そうなので、テントの中に放り込んでおいた。
「留守番代わりになるかしらね?」
 首を傾げつつ、山の一部に湧いている温泉へと飛び立つ。
 鼻歌が零れていたが、幽香が意識することは無かった。


『風見氏と天狗、その交わりを追う!』
 文々。新聞と花菓子念報で同時に組まれた特集を幽香が目にしたのは、蝉が喧しくなった頃だった。
 その供応から、終いには肌と肌の付き合い、一晩を過ごしたときの匿名Hのコメントまであり、とても充実した内容に仕上がっていた。

「あははっ! 新聞ってこんなに楽しいものだったのかしらねぇ!」
 幽香が、嬉々として叫ぶ。
 冗談半分で幽香に新聞を持ってきたにとりの顔は、真っ青になっていた。

 文とはたてが畑に埋められ、ベジタブルな格好になっていたのは、更に数日後のことである。