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妖夢の縁側

 また変な人が来た。魂魄妖夢にしてみれば節気ごとに思うことだった。
 いや、変だ変だと言うのなら、空飛ぶ紅白やら空飛ぶ黒白、空飛ぶ以下略などが余程に変なのだが、空を飛ぶことに関しては妖夢も一緒だったので、特別に変ではなかった。
 むしろ、地に足が付いているにも関わらず、夢見がちな客人こそが変だったりする。
 今回もそうだった。

 白玉楼、大階段。件の空飛ぶ紅白、もとい巫女がやっている神社よりも立派な階段だ。
 庭木の手入れを終えた妖夢は、いつもそうするように屋敷の前庭に立ち、眼窩に伸びる階段を見下ろした。段数はいざ知らず、最上段から見下ろすと一番下が見えないほど。それなのにどうして見下ろすのかと問われると、ただ何となくとしか言い様が無い。
 その何となくが良くないのだろう。そう思いかけたとき、階段の下方に人影が見えた。
 人影といっても、ダルマのようにずんぐりむっくりとしており、実際、ダルマのように赤かった。
 赤いといっても、陽に焼けた煉瓦のような色をしており、実際、煉瓦のように重そうだった。
 重そうといっても……いや、やはり重いのだろう。一段も飛ばさずにえっちらおっちらと階段を上ってくる姿は、律儀というか愚直というか、そんな印象を与えた。
「うぉおーい!」
 目が合った途端、相手が歓声を上げた。半ば怒号のようだったが、声はしわがれており、かなり年嵩があるらしかった。
 そのダルマは上る速度を速め、今にも階段の石を砕きそうな足運びになった。近付くにつれ、がしゃんがしゃんという、鎧のかち合う音が聞こえた。ダルマの正体は、鎧も鎧、間接以外のほとんどがすっぽり収まるほどの、大鎧を着込んだ武者だった。顔も兜の覆いで、目玉ぐらいしか窺えない。
「ここは京か?」
 大階段を踏破したダルマが、出し抜けに言った。
「今日?」
「違う、京だ、京。概ね治安の悪い京だ」
「ここは治安が……」
 良い、と自信を込めて言おうとして、止めた。何人かの迷惑な客人の顔が頭を過ぎったためだ。
「治安が?」
「良くないです」
「おお、では京だな! 京なんだな!」
 悪気は無いのだろうが、むかっ腹の立つ喜び方だった。
「ここは京じゃなく、白玉楼です」
「うほほ、なかなか粋な名前だのお。茶屋か何かだな」
「遺憾ですが、専らその用途で使われています」
「なら、少し寄らせてもらうかの。あんまりにも階段が長いもんで、喉が渇いちまったわ。まったく、源四郎め。ちゃんと瀬田に旗を立てておけと言うておいたのに……おかげでどこがどこだか」
 ダルマみたいな大鎧を着ているというのに、愚痴る元気があるだけ大したものだ。妖夢は客人として接するぐらいなら良いだろうと、武者を中に招いた。

 問題だったのは、武者が畳に座れないことだった。何せ鎧姿、床が抜けるとまでは言わないが、座ったらそのまま後ろに引っくり返るか、座れたとしても立ち上がれなくなるだろう。
 仕方なく縁側に腰掛けるよう勧めると、何でも良いわいと豪快に笑い、どかりと腰を付けた。
 みしっ、という嫌な音がしたが、妖夢は聞かなかった振りをした。
「して、どのようなおなごが相手をしてくれる?」
「生憎と主は出ておりますので、女は私しかおりません」
 その主、西行寺幽々子は、冬眠に入っている親友の寝顔をプニプニフニフニするのだと言い出し、突撃中だった。
「ふうんむ、ワシはもうちょっとムチムチのプリンプリンなのが……げふげふ」
 無表情で刀に手をかけた妖夢を見て、武者が咳き込む。
「どうも茶屋と聞いて勘違いしてしまったようだ。悪かったのお」
「謝っていただけるだけ、ご立派ですよ……」
「まだちっこいのに難儀しとるんだのお……」
 ちっこいという部分は聞き流し、妖夢は茶を入れに下がった。どうせ沢山飲むのだろうと思い、自分の頭ほどの大きさがある急須にこれでもかと茶葉と熱湯を入れ、戻った。
 予想外だったのは、武者が全く茶を飲まないことだった。正確には、飲めなかった。兜が邪魔をして、唇に湯飲みを当てられないのだ。
 しばらく、かつかつという間抜けな音が縁側に響いていたのだが、妖夢が気を利かせた。
「啄木鳥の真似ですか?」
「それを以前、知り合いにやったら、酷い目に遭わされてのお。以来、啄木鳥の真似は自粛しとるんだ」
 折角に茶を出したのにそんなことをされたら、普通は怒る。訝しそうにしている妖夢に、武者が顔を突き合せた。
「疑うならこれを見ろ。ここん所に刀傷があるだろう」
 言われてみれば、赤色の所為で目立たないが、武者が指差した兜の前面に線が走っていた。目立たないとはいえ、ちゃんと見ればわかるほどのものだ。
「まさか」
「がははは、その知り合いにやられたんだわ」
 笑い事ではないと思うのだが。未だに茶も飲めていないのだし。妖夢は正座を保ちつつ、それとなく湯飲みを見遣った。
「おう、そうだった。折角出してくれたんだからのお、頑張って飲むわい」
 武者は顔を少しだけ上に向けると、湯飲みを傾け、兜に空いた口元の隙間に滝のように茶を流し込んだ。
「あ、熱くないのですか」
「うむ……わしも熱い熱いと言って困らせるつもりだったんだが……熱くないのお」
 頭を揺らしながら言う。首を傾げようとしているようだが、兜がつかえて上手くいかないらしかった。
「入れ直しましょうか」
「それには及ばん。茶の味なんてわしにはようわからんのだしな。見ての通りの無骨者だわい」
 兜の後ろをぽんぽんと叩く。思わず妖夢は吹き出したが、それも含めて武者は大笑いした。
「わしもまだ若い者に受けるようだな」
「……気になっていたのですが、お歳は?」
「わし? 五十とちょっとだ」
「ちょっと?」
「ちょっとだ」
 こだわりがあるらしい。何にしても、普通の人間が五十を過ぎて、この大鎧を着て平然としているのだから、ほとんど化け物だった。
「そんな目で見ないでもらえるか。わしはただ、茶を飲むしか能のない爺だ」
 知らず知らずの内に目が険しくなっていた妖夢に、嗜めるというよか頼むようにして、言う。
「失礼しました」
「いや、良い。考えてみれば、こんな鎧を着てるわしが悪い」
「お脱ぎにはならないのですか」
「道中、調子を崩して寝込んだときにな、京に着くまでは脱がないと決めたんだ。そう決めてから、嘘のように体も軽くなってのお」
 階段を上ってきたときのように、大腕を振ってみせる。それを見ていた妖夢は、自然と口元が緩んだ。
「あなたのような御歳でも、愉快な方はいるものですね」
「愉快痛快、結構なことだろ?」
「はい。まぁ、私の祖父はそうでもありませんでしたけど」
 横に置いた二振りの刀を見下ろす。どちらも、祖父から譲り受けた物だった。それを聞いた武者が、湯飲みを置く。
「どちらも立派な拵えだ。しかし、その太刀の方。お嬢にも振れるのか?」
 きょとんとした妖夢に、武者が問い質す。
「気に障ったか?」
「いえ、そんなことを気にする人はいませんでしたから」
「つくづく、変わった土地じゃのお。そこら中に白い玉っころがふわふわ浮いてるしな。ぼうふらの一種だろうかの」
「似たようなものです。これだけは違いますが」
 これと呼んだ特に大きな白い玉が、妖夢の頭の上を尾を引いて回る。武者は感心したように唸った。
「京には陰陽の徒がいるというが、ここら辺まで来るとお嬢のような者も普通におるんだの」
「私は剣士です」
 それぞれ、白い玉が鞘を、妖夢が柄を掴み、太刀を抜く。片手だけで軽く振り上げ、庭に向けて切っ先を下ろす。刀身の青味がかった光を見た『ぼうふら』達が、雲の子を散らすように逃げ去った。
「見事、というやつだな。そういえば、奴も長太刀を軽々扱ってたのお……」
「奴?」
「ほれ、この傷を付けた奴だ」
 再び、傷を指差す。妖夢からはどこか嬉しそうに見えたが、兜の所為で、はっきりとはわからなかった。
「奴はオンベイシラマンダヤソワカだの何だの、某の生まれ変わりだと嘯いておったが……案外、奴もお嬢も、人間じゃないのかもしれんな」
「私はともかく、そんなに凄い御仁なのですか」
「凄いことは凄いんだが、とにかく変わっておった。女嫌いの変わり者だというのは昔から知っておったが、喧嘩をふっかけてきたかと思えば、塩に困ったときは送ってくれたりな。他の者も刀に鍔を付けておらなんだし……そういう者が多い土地柄なんだろうよ、きっと」
 妖夢はただ耳を傾けていた。そこに耳障りなカチンという音が立ち、妖夢は閉じかけていた瞼を開いた。
 武者の様子に変わりは無かったが、不思議そうに足下を眺めていた。
「なんだろうな、この小柄は」
 小柄と呼ばれた物に目を遣ると、洋風の投げナイフだった。
「これは?」
「いやな、今、わしの顔に当たったんだ」
 言い終えた直後、二度三度と武者の顔目掛けてナイフが飛んできた。そのことごとくが兜に当たり、弾かれて地面に落ちる。
「ここら辺はぼうふら以外にも変なものが湧くんだのお」
 暢気そうに言うが、言っている間にも次々とナイフが飛来し、その度に弾かれる。妖夢が下手に手を出せずに見ていると、最終的に三桁近いナイフが地面に散らばった。
 と思いきや、足下を埋め尽くしていたナイフが瞬きをする間に消え失せる。こんな芸当ができるのは一人しかおらず、妖夢は溜息を吐いた。
「もう散らかさないでくれ」
「別にあなたに片付けさせたりはしないわ」
 縁側沿いの庭に、十六夜咲夜が唐突に姿を現す。彼女のメイド姿を見た武者が、ぱんぱんと大袈裟に拍手を打った。
「さすがは上方、伴天連の芸も堂に入っておるのお。お嬢が呼んでくれたんだな?」
 武者には適当に相槌を打ち、妖夢は不満たらたらの咲夜を少し離れた場所に引っ張っていった。
「何よ、何なのよ。あんたもあいつも。思わずナイフ投げちゃったじゃない」
「いいから話を合わせろ。客人に無礼をしたとあっては、閻魔様に何を言われるかわからん」
「閻魔って、あの説教魔? あいつこそ適当に話を合わせてれば良いわよ。私なんて、紅茶の葉を……」
「ああ、お前の話はいいから。とにかく話を合わせろ。いいな?」
 有無を言わさないといった具合の妖夢に、咲夜が目を細める。二度ばかり武者と妖夢の間に視線を行き来させてから、意味深に鼻で笑った。
「年上好みだとは思ってたけど……」
「馬鹿を言うな! 私の方が年齢はだな」
「馬鹿とは何よ馬鹿とは。大体、そんな細かい話はしてないわよ」
「挨拶代わりにナイフ投げる馬鹿が馬鹿でなくて何が馬鹿だ!」
「挨拶のことであんたにとやかく言われたくないわよ、この辻斬り狂!」
「殺人鬼に説教された!」
「誰が殺人鬼か!」
 後半はもう内緒話どころの声量ではなくなっていた。二人が肩で息をし始めた頃、武者がまた拍手を打った。
「今度は井戸端芸か。遠目からでも迫力が伝わるわい」
「しっ!」
 咲夜が投げたナイフは、やはり武者の鎧に阻まれた。代わって、武者も懐から何かを投げる。それは袋で、中には小粒の金が幾つか入っていた。
「ガッツがあり余ってるわね……あとお金も」
「だーかーらー!」
「わかったわよ。これ以上やっても、ナイフが痛むだけだもの。弾幕ごっこで自分から一つも撃たずに勝つなんて、化け物だわ」
 いったい、いつからが弾幕ごっこだったのか。
「とりあえず、これはもらっておくわ」
 咲夜が武者からの投銭を懐にしまう。妖夢は額に手を当て、眩暈を抑えた。それでも顔には影を残さず、縁側に戻る。
 武者を挟んで、妖夢と咲夜が腰掛ける。両手に華といった状況に、武者はやはり笑った。
「京はもっと華やかなのかのお。楽しみで仕方ないわい」
「いやですわ、ここより華やかな場所なんて、そうあるものではございませんよ」
「いやいや、まったくまったく。がはははは!」
 咲夜の調子の良さに、妖夢が般若のごとく顔を歪める。武者が妖夢の方を向くと彼女はあどけなく笑い、今度は咲夜が修羅の形相になった。
 それから湯飲みを二杯ほど空けてから、武者はやおら空を見上げた。陽の位置は定かではなく、雲はないのにぼんやりとしていた。
「……まっこと、変わった所だの」
「お嫌いですか」
「そうではない。わしには合わないだけだ。まだ、やることがある所為だろうよ」
「では、それが終わったら、また……」
「そうだの」
 武者の目元から、目玉が消える。何のことはない、瞼を閉じたために、兜の下から光が失せただけだった。
 突然に訪れた武者の沈黙に、妖夢だけでなく咲夜も黙る。
 武者は湯飲みを手に取り、あの豪快さでもって一気に飲んだ。そして、しみじみと言った。
「少し、熱いのお」
「今度は、もう少し温くしておきます」
「うむ。礼に、京の土産話でもしてやろうぞ」
 縁側から腰を持ち上げてから、武者がごつい手で妖夢の頭を撫でた。


 階段から足を踏み外して、それこそダルマみたく転げ落ちないよう、武者が慎重に下りていく。その背中が見えなくなった頃、隣でナイフを弄っていた咲夜が呟いた。
「あの変人が亡霊だって、知ってたの?」
「何となく」
 妖夢は口にこそ出さなかったが、熱いはずの茶を熱くないと武者が言ったときから、そんな気はしていた。
「彷徨うだけ彷徨ってここまで来るなんて、よほどの執念ね。魂は時代を越えられるのかしら?」
「そういう記録は西行寺家にもある」
「ふうん。それで、あの爺様はどうなるのよ」
「どのような形であれ、またここに来ることがあれば、茶を出してやるよ。まぁ、あの姿では来ないとは思うが」
「どうしてよ」
「最後に、熱いと言っただろ。魂が体の死にようやく馴染んできたんだ。それで感覚があちらとこちらで胡乱になって、熱いものを熱いとわかるようになったわけだな。順次、転生の輪に戻っていけるだろう」
 専門外の話を、咲夜は聞いているのだか聞いていないのだか、うんだのすんだの相槌を打ち続ける。これ以上の説明は余計だと思った妖夢が口を止める。
「さっきので、ある程度は満足してもらえたわけだ」
 沈黙の意図を正しく受け取った咲夜は、近くの小石を蹴る。小石は階段の下へ消えていった。
「遊んでもらいたかったんだろうな……」
 妖夢の言い草に、咲夜が口に手を遣る。それは笑いを堪えてのものだった。
「何がおかしい?」
「妙に悟ったようなこと言うからよ」
「……自分の祖父のこともわからんくせにな」
「だから、人のことほどよくわかる?」
「どうだか」
 適当にはぐらかされ、咲夜は話の筋を戻した。
「あの爺様、成仏はしないのかしらね」
「ふん、あの調子だと、本当に仏になりかねん」
「寂しそうね。そうなったらお茶を飲みに来られないから?」
「別に。変人はあの方だけじゃない」
 妖夢はぽんぽんと頭の後ろを叩いて、屋敷の中に戻っていく。彼女の背中に咲夜がナイフを投げると、妖夢は半分だけ振り向き、抜き放った太刀でナイフを落とした。
 咲夜は事が済んだ後には消え失せていた。
 妖夢が足下のナイフを拾い上げると、欠けた切っ先に、僅かに赤い色が混じっていた。