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乞自機

 命蓮寺の住職、白蓮さんの夕方のお勤めが終わったときの話です。
 白蓮さんが御堂から出てきて、夕陽に翳り始めた庭を眺めると、やまびこの響子ちゃんを見付けました。鴉が飛んでいくのを、庭石に腰掛けて眺めているのでした。
「今日も御山に行くのですか?」
 白蓮さんが訪ねると、響子ちゃんは頷きます。本当は返事をしたかったのでしょうが、咄嗟にやると癖が出て、おうむ返しをしてしまうので、我慢をしたようです。
 響子ちゃんはいつも、日の出前にお寺に来て、日が沈むのに合わせて山へ帰っていきます。
 ですから、白蓮さんの聞き方は間違っていました。しかし響子ちゃんは「山に行く」という言い方が好きでした。
 人間の迷信に傷付いて山を下りたときには思いもしませんでしたが、自分はどこにでも行けるようでした。彼女の幽谷響子という名前も、白蓮さんが即興で付けてくれたもので、気に入っていました。
 そんなわけで、響子ちゃんはお寺から山へ移るときはいつも、いってきますと言って、出かけるのでした。
 ところが今日に限って、白蓮さんは響子ちゃんを一度、引き留めました。
「近頃は何かと物騒な時期です。これを持って行きなさい」
 響子ちゃんに手渡されたのは、三枚の御札でした。
「ああ! これって、火が出たり、水が出たりするやつだ!」
「あれは少し不親切ですから、改良してあります。何かあれば勝手に活躍しますから、安心してお出かけなさい」
 さすが白蓮さんだ、と感心した響子ちゃんでしたが、それだけに、物騒な時期というのが気がかりでした。
 ともあれ、夜になってから移動するのは他の妖怪などに難癖を付けられるかもしれないので、さっさと出発しなければなりませんでした。
「また山菜を見付けたら持ってくるね」
「お願いします」
 響子ちゃんはいつも通り、いってきますと手を振って、出かけたのでした。


 響子ちゃんのシマは、命蓮寺から半刻も飛べば着く、山間にありました。
 切り立った崖の上には木の無い広場があり、視界がひらけていましたから、やまびこが住みつくには打って付けの場所でした。
 以前はそこで、いつまでも、いつまでも、誰かが叫んでくれるのを待っているだけでしたが、近頃はお経を唱えていられるので、ちっとも寂しくありませんでした。
 誰もいないはずの山中からお経が響いてくると、まだ宵の口だからと飲みにでも行こうとしていた人間は、肝を冷やすのでした。
 それでも、一晩中お経を唱えてはいられないので、ときには夜露の中で寝そべってみたり、ときには谷に下りて月明かりに遊ぶ川魚を捕まえてみたりして、遊ぶのでした。もし気の利いた詩人の一人でもいたなら、崖をよじ登ってでも遊びに来たでしょう。
 ところがここにやってきたのは、とても楽しくない相手でした。
 
 空が白み始めた頃、顔を洗ってお寺に帰ろうとしていた響子ちゃんは、崖の上に人影を見ました。
 目を凝らしてみると誰もいません。光の悪戯だろうか、と毛深い耳を振って考え込んでいると、不意に谷全体に光が満ちたのでした。
「うおっまぶしっ」
「うおっまぶしっ」
 うっかり声に反応してしまった響子ちゃんでしたが、そのおかげで、確かに人がいることがわかりました。
 その人物は、なんとすぐ後ろにいたのでした。
「なっ――時間が止まっていないなんて!」
 わけのわからないことを言ったのは、めーど服を着た女の人でした。
 片手には肉切り包丁、もう一方の手には鋸を持っためーど、咲夜は、明らかに危険人物でした。
 さっきの光は、この人物に反応した御札のものでした。その御札はまだわずかに光り続けて響子ちゃんの胸元から光を漏らしていました。
 響子ちゃんは知りませんでしたが、そのおかげで時間が止まらずに済んでいました。
「わ、私はケモ耳だけど、美味しくないよ! 多分!」
「誰も食わないわよ。ただ、肉片にしてしまえば、誰だかわからなくなるでしょ? 私はそれで十分なの」
 それは死ぬのにも十分なので、到底、聞けない相談でした。
 咲夜は新作の自機になれず、かといって自機候補の人達に危害を加えれば評判が下がると、悩んでいました。
 そのときふと、「ボス枠が空いているではないか」と車に乗っている吸血鬼のごとく思い立ち、とりあえず目に付いたボスを無かったことにして、その枠に入るつもりなのでした。
「亡霊がやって良いなら、人間がやっても良いはず」
 それは人間をやめることと同義のはずでしたが、これ以上ジョジョネタを被せるのも辛いので、咲夜は疑問に思いませんでした。
 とにもかくにも、響子ちゃんは逃げなくてはなりませんでした。
 そう思った瞬間、二枚目の御札が光り輝いたのです。
 その光が響子ちゃん全体を包んだとき、咲夜は叫びました。
「まさか、ワープ!?」
 そうだったらまだ良かったのですが、現実はもっと乱暴なものでした。
 上流から、土石流が押し寄せてきたのです。
 土石流はときに時速四〇キロに達し、しかもその速度は衰えないので、山の中から逃げ出すにはもってこいの方法でした。その破壊力を無視すればの話ですが。
 響子ちゃんは悲鳴を上げる間もなく飲み込まれ、時間を操れない咲夜は咄嗟に武器を手放し、響子ちゃんに抱き着いて、息を止めました。
 ――ハァハァ、響子ちゃんのほっぺた柔らかいです。
 などと咲夜が思ったかどうかは定かではありませんが、感触がわかる程度には生きながらえました。
 朝っぱらからのとんでもない災害でしたが、幸いにも里では田んぼが二つ潰れただけで、人的被害は免れました。もし農作業中に起こっていたら、死人が出ていたかもしれません。
 人々はこの災害がお経の聞こえてくる山から起こったものであることから、ますますその山を恐れるようになったのでした。
 さて、流された響子ちゃんと咲夜ですが、なんとご丁寧に命蓮寺のすぐ傍まで流されたのでした。
 響子ちゃんは泥一つ付いていませんでしたが、咲夜は背中の服がごっそりと破けていて、スカートも千切れ、下着もぼろぼろになっていました。
 そのとき、響子ちゃんの最後の御札が光りました。
 その御札からは手足が生え、てきぱきと咲夜の身なりを整え、落としてしまった武器も握らせてやり、執事のポーズを決めて「お気に召しましたか?」とでも言いたげに腰を曲げ、消えました。
 ――なにこの御札、かっこいい……。
 とは誰も思いません。逃げた意味が無くなりました。
 響子ちゃんは大慌てで、既に朝のお勤めのためにお経を唱えていた白蓮さんの所に、飛び込みました。
 白蓮さんは大変に素晴らしい法力を持っていましたから、何があったか全て知っていました。
「あなたはボス枠が欲しいようですが、響子ちゃんは二ボスなのですから、二ボスと同等になれなくてはいけません。できますか?」
「この完全で瀟洒な従者に不可能はありませんことよ」
 そういって咲夜は持っていたスペルカードのほとんどを捨てました。
 それから白蓮さんはにっこり笑いました。
「素晴らしい。ではそのままで、六ボスの私と勝負しましょうね」
「えっ」
 完全で瀟洒な従者は、完全を求めるあまり、後戻りができないほどに弱体化していました。
 なまじボスになった所為でボム回避をすることもできず、咲夜は悲鳴と共に弾幕の海に沈んだのでした。
「うわーん! 怖かったよー!」
「あらあら。今朝の鶏は随分と甘えんぼさんですね」
 抱き着いてきた響子ちゃんをなでなでしてやった白蓮さんは、実はちょびっとだけ、やり過ぎたような気がしたのでした。


「――という説話を考えました」
 正座をして白蓮の話を聞いていた射命丸文は、胃の下の辺りがぎりぎりとする感触を味わった。
「幻想郷に蔓延る弾幕ごっこの弊害がいかに人間と妖怪の健全な関係を蝕んでいるか、この説話はよく表現できていると思うのですが、天狗様は如何様に思われましたか」
「気軽に取材に来てごめんなさい」
「結構。これからは境内にいる妖怪を手当たり次第に取材するような真似は止めてくださいね」
 それを言い聞かせるために、こんな長話を考えるとは、僧侶というのはつくづく厄介だ。
 そう思った文が去ってから、白蓮は隣の部屋に隠れていた響子を呼んだ。
「今度は、御札は要りませんでしたね」