私の御犬様
里への買い出しも終わり、午後の紅茶の時間には間に合いそうだと思いながら、咲夜は帰路を飛んでいた。問屋にわざわざ新しく仕入れてもらった茶葉をお嬢様は気にいってくれるだろうか。他のメイドに頼んでおいた掃除はきちんと終わっているか。余計な客人が紛れこんでいなければ良いが。取り留めのないことばかりが頭を過ぎっていた。
そんな咲夜であったが、峰を掠めようとした山の中の聞き慣れない音には気付くことができた。それは間が長く、それでいて腹の座った、どこか哀しげな山犬の鳴き声だった。一匹や二匹の鳴き声であれば、咲夜もあるいは聞き流したかもしれない。しかし、まだ昼間だというのに、五から十はいると思われる程、その鳴き声は辺りを震わせていた。
突然に吹き始めた風に木々の頭が薙ぎ払われ、それに乗って、鳴き声は山一帯を包み込むように響き始めた。
くわばらくわばら。咲夜は馬鹿にしたように呟き、その場を去ろうとしたが、まるで彼女を遮るようにして一段と強い吹き下ろしが走った。咄嗟に両手でスカートを押さえ、しまったと思ったときには時間を止める間も無く、片手に下げていた買い物袋が山森の中に落ちてしまっていた。
鳴き声や不吉な風に怯むような咲夜ではない。彼女は溜息を一つだけ吐いて、地面へと下りて行った
咲夜が地面に足を着け、辺りを見回していると、気付くことがあった。あの鳴き声と風が止んでいたのだ。下りてくる自分の姿を見て逃げ出したか、もしくは得物と見定めたか。どちらにせよ、背中にさえ気をつければ良いだけだ。逃げるだけなら時間を止めれば事足りる。
風の所為で落とし物の正確な位置はわからなかったが、その風が向いていた方角へと、邪魔な背の高い草木を大振りのナイフで切り倒しながら、向かって行く。
途中、枝に気付かずエプロンを引っ掛けてしまったり、髪に植物の実やら毛虫やらが付いたり、散々なことがありはしたが、二十分も経たない内に目的の物を探し当てることができた。
買い物袋は地面に落ちただけで、中身は散らばりも砕けもしていなかった。汗をかいたときのためにとタオルを突っ込んであったのが幸いしたらしい。咲夜はとりあえずそのタオルで顔を拭った。そうすると止んでいた風が吹き、心地良さに身体を任せていた。――あれほど背中に気をつけていたのに。
咲夜が獣の臭いに気付き、時間を止めつつ、後ろを振り向いた。振り向いた鼻先には一匹の雄の山犬がいて、じっと咲夜を見つめていた。
どうしてと咲夜は思わずにいられない。ここまで近づかずに飛び掛っていれば、間違いなく得物を仕留めることができただろうに。時間を止められてしまっては手も足も出ないが、咲夜が山犬の目を覗きこむと、それは今にも動き出すのではないかと思える程に溌剌としていて、どこか寂しげであった。
寂しい? それは孤独の錯覚だろうか。はたまた、得物を誘うためのものか。咲夜がナイフを山犬の首に突き立てようとするが、そこは既に血で濡れていた。血の原因は噛み傷だ。かろうじて太い血管を避けていたが、首から腹のあたりまでの毛先は血に塗れ、噛まれたときにはかなりの量の血が飛んだようだった。
間抜けな山犬が狩りのときにしくじった。そう考えれば咲夜にも自分が無事だったことと血の意味の両方に納得することができる。しかし、それにしてはこの山犬には何か感じ入らせる部分があって、それはいわば威風である。
咲夜は距離を取ってから、時間の流れを元に戻した。山犬は驚いたように目を丸くしたが、すぐにまた、あのどこか寂しげな目に戻ったのだった。
死に時を心得たのだろうか。それにしてはこの山犬は成熟し切っていないし、傷は深いとはいえ、安静にしていれば若さから来る体力でなんとかなりそうなものだ。現に血はほとんど止まっているではないか。
そこまで考えて、咲夜は先ほどの鳴き声の意味に思い至った。あれは仲間がこの山犬を呼ぶ声だったのだ。狩りの最中にはぐれてしまったに違いなかった。そして山犬には傷があり、仲間のいる所まで帰ることができなかったのだろう。でも、それなら何故に自分から声を出して助けを呼ばなかったのだろう。
ぽん。咲夜が我ながら素晴らしい得心に手を打った。この山犬はやはり間抜けなのだ。狩りに失敗して、それを隠したくて仲間に助けを乞わなかった。ここらへんには妖怪もいるし、鹿と間違えてしまったのだ。
ころころと表情を変えながら考え込んでいる彼女こそ山犬の目には間抜けに映ったに違いないのだが、咲夜は自分の警戒心を忘れ、彼の血を破れたエプロンで拭ってやった。山犬はそのエプロンを咥え、ぐいぐいと何度か引っ張る。怪我に障ると思ったのだろう。
「気にしないで良いわよ。どうせ捨てるものなんだし」
完全に意味を取り違える咲夜である。案の定、山犬は傷口にエプロンが触れる度に低い唸り声を吐き、それを何度か繰り返すと、いよいよ諦め、大人しくなった。きっとこれは怖がらせた報いなんだ。彼にはそう思える程度の知能があった。
「ほら、これで綺麗になったじゃないの」
これでやっと一人になれる。山犬は落ち着きを取り戻すと、礼のために咲夜の顔を一舐めし、とぼとぼと森の中へと去ろうとした。そこで、彼が擦れ違おうとした木にナイフが刺さった。
「間抜けなあなたが心配だから、今日は良い所に連れて行ってあげるわ」
山犬が胡乱なという感触を相手に当てはめたのはこのときが初めてだった。
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「肉ー! 肉ー!」
鴨が葱を背負ってとはこのことだ。博麗霊夢は毎度の迷惑な客人の、粋な手土産に狂喜していた。だから、客人こと咲夜がこれは土産じゃないと云ったときには、地に膝を着けて涙を零した。兄さん、甲子園の砂は硬いんだね。それはきっと沢山の涙を吸ったからなんだ。
「まったく、巫女が山犬に手を出そうだなんてどういう神経してるのよ」
「御犬様でも食えれば食うわよ! あんたに何がわかるってのさ!」
「富の素晴らしさ」
「わかってるじゃない……」
富豪のレミリアならともかくその従者である咲夜にまで見下された。これは痛い。例えるなら喧嘩に負けた相手の舎弟に唾を吐かれるようなものだ。あれは悔しい。原付のタイヤの空気を抜いてやりたいとさえ思うものだ。この抜き加減がまた難しく、抜き過ぎると乗る前にばれてしまうから、ケツを悪くさせるには適度な空気圧が必要とされる。
一人で勝手に野球部所属二年生(あだ名はキヨきち)の公私に渡る寸劇を繰り広げた霊夢を咲夜は一段と冷ややかな目で見つめ、山犬でさえそれをくれてやった。咲夜は四十キロ程もある山犬をここまで飛ばして来るのに疲れていたから、早々に踵を返した。
「お邪魔したわね。ここなら山も近いし、この子も休めると思ったんだけど」
「そんな余裕は無いわ。第一、呪い持ちを家に上げる程、私も落ちぶれてないわよ」
「呪い持ちですって?」
咲夜の足が止まる。一瞬、先ほどまで肉肉と騒いでいたことを突っ込もうかと考えたり、「ノロい餅」を想像して思わず笑ってしまいそうになったりはしたが、咲夜は的確に言葉を返した。時間を操れるって素晴らしい。
「よくはわからないけど、その御犬様が群れから離れたのもその所為よ」
霊夢の言葉に咲夜は思わず真面目に考え込みそうになったが、隣にどっしりと控えている山犬を見て、ははあん、と鼻を鳴らす。霊夢がそれに首を傾げたが、咲夜にはそれさえも笑いの種だった。
「あなたは知らないでしょうけど、この子はさっきまで血塗れだったのよ。それなのに、もうこんなに元気じゃないの。呪い持ちだなんて言いがかりをつけて私が放って置いた所をばくりとやるつもりでしょうけど、そうはいかないわ」
「呪いはそんなに簡単にわかるものじゃないの」
「でもあなたにはわかったんでしょう? おかしいじゃない」
しばらく言葉の応酬が続くかと思ったが、意外にも霊夢が引き下がった。彼女は山犬を一瞥すると、お茶の時間だからとだけ云い残して社の中へ入って行ってしまった。
「もうそんな時間なの!?」
霊夢の意味深な所作を気にしている余裕は咲夜には無かった。
******
近頃のレミリアの楽しみは、少しだけ早起きをして午後の早い内から紅茶を飲むことだ。特に今日は咲夜が出かける際に良い茶を入れてみせると息巻いて見せたから、余計に楽しみだった。パチュリーとの素っ気無いお喋りを楽しみながらも、足はばたばたと楽しみに落ち着きを奪われていた。
血ばかり飲んでいると舌が駄目になるというわけではないが、変化は大事だ。血を飲むから普通の紅茶も美味しくなるし、普通の紅茶も飲むから血も美味くなるのだ。
「もっとも、何より大事なのは品格なんだけど」
「その台詞、何度目かしらね」
「殺された基督教徒の数ぐらいかしら」
「はずれ。十字軍で虐殺された人の数ぐらいよ」
「パチェはどうでもいいことばかり覚えてるのね」
「どっちもどっちってことを云いたかったのよ、私は」
私は。その部分を強調するあたり、それなりに友人を立ててくれているのだろう。レミリアは勝手に満足したが、時計を見遣ると再び楽しみの感情が首をもたげてくるのだった。それも次第に苛立ちへと変わろうとする頃、ようやく咲夜が現れた。その横には。
「ジャッカル?」
「レミィ、ジャッカルと山犬は違うわよ」
「これが犬ですって。パチェも耄碌したわね。どう見てもジャッカルか狼じゃないの」
パチュリーは大きく溜息をしてから、山犬とは狼のことだと答えた。レミィは分類学やら民俗学上のことなどどうでも良かったから、ああそうとだけ云って、矛先を変えることにした。
「それで、お掃除が大好きなメイド長がそんな毛の塊を連れ込んで、どうしようというのかしら。時間に遅れたってことは、それが遅れるだけの理由になるものなのよね」
つい先ぞまでばたついていた足は組まれ、テーブルに両の肘をついて微笑む様に、咲夜はただ頭を下げるしかなかった。咲夜は平時ならともかく、こういうときは云い返さないから、レミリアにしてみればつまらなかった。
「でも理由はわかったから、もういいわ」
「はあ?」
咲夜が曲げた腰はそのままに顔だけをレミリアに向けた。それではお約束のお茶をと取り繕うが、レミリアは憮然と云い放った。
「もういいと云ったわよね、私は」
咲夜が食い下がろうとしても、レミリアは目を背けてしまう。腹を決めた咲夜はレミリアとパチュリーに今一度の謝罪を述べてから、山犬を連れて辞したのだった。それを目で見送ったパチュリーは、目もくれなかったレミリアの横顔を見つめた。
「“私は”……それって私の真似かしら」
「良いものは容れる。それが当家代々の方針よ」
「ふうん、それは初耳だわ」
またいい加減なことを云って。パチュリーはおかしかったが、誰も入って来ないだろう扉が酷く寂しげに見えて、レミリアはそれを見ないようにしているのではないかとも思った。
「あのままで良いの?」
「咲夜は充分な理由を持ってきたわ。あなたもそれをわかってるから、そんなことを云うんでしょうけど」
まあね。パチュリーは気を取り直して、時が来るまで研究でもしていようと、咲夜に続いて部屋を辞した。レミリアの足は再びばたつき始めていた。
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メイド長が山犬を拾ってきた。その話が紅魔館内に行き渡るよりも早く、咲夜と山犬自身が目を引いた。なんせこの山犬、何をするでもなく、ただただ咲夜に付き従ってい、そうしていては咲夜も時間を止めて移動できないというのに、特に気にした様子も無く仕事を続けていた。
ある日、こんなことがあった。三階の窓を掃除していたメイドの一人が誤って転落し、全身を強打して死んだ。人間であれば墓に埋めてやりたいところだが、彼女は妖怪で、下手に土に埋めればどうなるかわからなかった。同僚達が後始末に困っていると、咲夜に連れられた山犬がグワリと遺体に食らいついた。遺体は半刻もしない内に綺麗に食い尽くされ、後には血に塗れた地面と山犬だけが残った。
問題なのはその前後で、山犬は咲夜の出した食事を平らげ、そして遺体を食べた後にもまた、夕食を美味そうに食べた。彼は特に生肉を好んで食べたから、その度に血に塗れた山犬がメイド達に見られている。
あれはメイド長が余計なメイドを間引くために連れてきたのだ。いや、太らせるだけ太らせてお嬢様に食してもらうに違いない。あるいはバターけ……(どかどかばきばき)。そういった噂が飛び交う中にあっても、山犬は食べ続け、咲夜は食事があるとわかればそこに連れて行った。
二週間が過ぎたある日、咲夜は一日の仕事を終え、レミリアが寝入ったのを見計らってから、自室に戻ってきた。新調したエプロンとソックスを洗濯場まで持っていくための籠に放り投げ、ベッドにごろりと転がった。今はもう朝だろうか。それとも夜だろうか。胡乱な意識の中で、彼女に目に留まるものがあった。山犬がじっと、あのときと同じ、そしてこれまで一度も変わらない目で、彼女を見つめていた。
「あんなに食べるのに、どうしてあのとき私を食べなかったの?」
今日も二体の妖怪と四度の食事を食らった。山犬は答えない。差し出された手を舐めるだけで、他に自分から何かをしようとはしない。特徴的な丸い頬を撫でてやると、嬉しそうに唸った。
咲夜自身、何故にこんな不確かなものを連れてきたのか、よくわからない。ただ、この山犬があのまま仲間から外れ、間抜けに野垂れ死ぬことは気にいらなかった。もしかしたら自分が間抜けだと思っているだけなのかもしれない。咲夜はそう考えながら、山犬に見つめられつつ目を閉じた。
咲夜が寝れば彼も寝、咲夜が起きたときには彼はもう起きている。これまでがそうであった。しかし、咲夜が起きたとき、山犬は苦しさに臥せ、閉じた瞼を震わせていた。
咲夜は起き抜けから力を一杯に出して山犬をベッドに移してやると、着替えを早々に済ませて部屋を出て行った。ノロい餅は私じゃないか。そう思いながら歯を噛み締め、図書館にいるパチュリーに会いに行った。
「呪いですって。とんでもない」
机の上の本に目を落としたままパチュリーが答える。治らないのですかと問う咲夜に、パチュリーはようやく顔を向けた。
「随分と性質の悪い妖怪にやられたものよ。そういった意味では呪いに近いかな」
血を食い続ける蛭みたいなものだとパチュリーが続ける。彼女をして性質の悪いと云わせるのは、その蛭は体内から直に血管を吸うという特徴にあった。彼女は更に続けた。宿主が弱り、血を吸い尽くすときのことを考えて、新たな宿主を元の宿主に無意識の内に探させるのだという。老《ふる》い肉から若《あたらし》い肉へ。これがまた面白い。そう云うのだ。そこまで聞いた咲夜が、パチュリーに顔を近づける。
「知っていたのですか」
「ええ、私はね」
どうして教えてくれなかった。そう問い詰めるようなことはせず、咲夜は失礼を詫びて、踵を返したのだった。
******
間抜けにも程がある。狩りに失敗した上に、おまけに自分が操られていることにも気付かないなんて。咲夜は怒りに我を忘れそうになりながら、自室のドアを乱暴に開いた。すると山犬はかっと閉じていた瞼を開き、ベッドから降りた。しかし、すぐにまた力が抜けて、突っ伏してしまう。
咲夜は慌てて山犬に駆け寄り、彼の首を抱き起こした。そうした段になって、何でこうも自分は必死なのかと笑い出した。山犬は自分のことなど構わず、大丈夫かと訊ねるように咲夜を見上げた。彼の目は、いつだって寂しそうだった。
「そんなに寂しいなら、何で仲間の所に帰らなかったの? 何で私についてきたの? 逃げようと思えば逃げられたでしょう?」
山犬は答えない。咲夜の目を見るだけだ。どうせ死ぬなら彼女のような目をした人に見届けてもらいたい。それは気まぐれなのか、操られてのことか、それとも。そしてまた、どのような目を咲夜は山犬に向けていたのだろうか。
咲夜は決心した。痛いけど我慢して。そう云って、自分の手首の動脈を傷つける程度に浅く切り、次に山犬の最初に出会ったときに傷ついていた辺りを切り開き、そこに自分の血の出ている手を突っ込んだ。
ずぐり。
咲夜は一瞬、山犬の体の中に引き込まれるような感触を得た。慌てず彼女は手を一気に引き抜く。そして件の妖怪は姿を現した。想像していたよりもずっと大きい。自分の体の半分近くはある。形は不定形で、しかし肉のようであった。妖怪というのは物理的に推測が立たない部分があるから気をつけていたが、これでは心構えの問題ではない。
妖怪は咲夜の両の手を一気に絡め取り、そのまま上半身を包み込みにかかった。窒息させ気絶している間に取り入ろうという算段だろう。時間を稼いだ所で、手が使えなければ意味が無い。いっそこのまま窓から飛び降りて。
いや駄目だ。まだお嬢様に紅茶を出していない。あの子に名前だって付けていない。
咲夜はドアに向かって思い切り体当たりをすると、そのまま廊下に飛び出した。衝撃で妖怪が身体を放すかと思いきや、そうはいかなかった。なんせ、咲夜の手首と妖怪は既に同化を始めていた。ナイフさえ、いや、手さえ使えれば。咲夜が難儀していると、妖怪に山犬が飛び掛る。八十センチ以上もある獣としては巨体の部類に入るそれにやられ、妖怪の気が逸れた。
だが、それまでだ。山犬は今一度に身体を起こす力さえ無く、ただ一声、鳴き声を上げた。館全体が震えるほどの弩号だ。それは、あの仲間達が上げていたものと同じだった。
いや、違う。咲夜にはわかってた。あれがこの山犬の鳴き声だったのだ。たった一人で山森一つを覆い尽くす程の哀しみを、彼は鳴き声にしたのだ。この山犬は群れに迷惑をかけないために一人で妖怪を身体に抱えたまま森を渡り歩き、その一角で最期は一人で鳴き疲れて死のうと思ったのだった。
妖怪と格闘しながらそのことに考えが及び、そして、咲夜は笑ったのだった。
「聞こえましたか」
「ええ、聞こえたわ」
鳴き声を聞きつけたレミリアが翼を奮うと、咲夜と妖怪の接合部がもげた。咲夜の手首に残った肉の欠片も、レミリアが吸い尽くした。彼女は舌を出して、顔を歪ませた。
「あーあ、やだわ。こんなに不味いのに、まだあれが残ってる。咲夜、口直しにそれの血を吸わせなさいよ。あと、例の紅茶も」
咲夜がかしこまれいましたと答えると、レミリアの目が妖怪の本体へと向いた。咲夜は血桜の降る舞を見ず、山犬の傍に寄って、抱き起こした。彼は嬉しそうに唸ってから、目を閉じて寝入ったのだった。
また起きて、あの目を見たい。そう思いながら。
**余談**
「肉ー! 肉ー! 私のお肉ぅー!」
弱って死んだ山犬を弔うために咲夜が遺体を持って来るのを楽しみにしていた霊夢の哀しみは、鳴き声となって野山を駆け巡ったという。
神様にも仏様にも食べ物にも手を合わせる。それが彼女のモットーである。
そんな彼女に合掌をし、この血生臭い物語の終わりとする。