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お○○○

『白くてスベスベ! 思わず食べたくなる!

 ――おとうふの八雲でお買い求めください(宅配やってます)』

 しまった、どんな宅配方法なのか、聞くのを忘れた。インクと温い息の臭いばかりが充満している室内で、私は頭を抱えた。写植も終わり、後はゴリゴリと刷るだけという状況でこれに気付いたのは、我ながら痛かった。
 自分で好き勝手に新聞記事を書くのは慣れていたが、広告を掲載するのは数える程度でしかない。ケアレスミスもそれだけ起こり易かったから、注意していたのに。
「んー、まあいっか。どうせ誰も買わないだろうし、過不足も無いものね」
 大体、スキマ豆腐というのがよくわからない。やはりスキマで濾すのだろうか。何が混入しているやら、わかったものではない。もっとも大半の広告は八雲さんの出資だから、断るわけにもいかなかった。記事に口を出してこないだけ、ましというものだろう。
 それにしても何でまた急に、豆腐の広告なんて打ったんだろう。いつもは『これでスキマの入り方がわかる!』だの『定理の解き方大全』だの、誰がターゲットなのかわからない本の紹介ばかりを頼んでくる。それがいきなり豆腐だ。
 いくら私でも、豆腐というヒントだけで、あることないこと想像するのは難しい。冬眠前に秋口の今から稼げるだけ稼ごうという腹なのかもしれない。
 私は適当に思索を切り上げて、新聞を刷り始めた。エプロン以外は何も着けないのが私のやり方だ。だって汚れるから。印刷用具の費用だけで馬鹿にならないのに、とてもじゃないけれどクリーニング代なんて割けない。臭いも付いてしまいます。
 ややっ、よく考えたらこれは裸エプロンというやつじゃないですか。ハダエプって書くと何だかマヴカプっぽいですね。
「オッパッパーイ、オッパッパーイ」
 酷く訛った技名を連呼しながら、私は作業に集中していったのでした。


 朝方までに作業から配達までを終え、朝風呂の後に朝陽を浴びながらお茶を飲む。正に優雅ですが、うっかり気を抜くと吸血鬼よろしく灰になりそうです。日刊ではないのでご心配には及びませんけどね。
 ならどうして徹夜で作業をしなければならないのか。当然の疑問です。
 ぶっちゃけ、気分です。気分。ああ、私って頑張ってるなー、みたいなのが欲しいんですよ。ええ。
 そして全てが終わり、ベッドの中で「今頃、読んだ人はどんなこと思ってるんだろうなあ……グヘヘヘ」とか思いながら寝るんです。堪りませんね。
「グヘヘヘ」
 おっと、思わず声に出してしまいました。そろそろ思考も限界のようです。
 気だるい手付きで茶器を片付け、服を脱いでベッドに入ります。すぽぽぽぽーんってなもんです。やっぱり寝るときはこれです。この開放感こそが人生、もとい天狗道の極意です。さすがにショーツは穿いたままです。女の子の嗜みというものです。ブラは……ああ、部屋の隅に転がってますね。
 へっ、どうせ必要無いですもん! 良いんですもん!
「豆腐詰めたら、ちょっとは大きくなりますかね」
 そんわけありません。自前で突っ込みを入れて、本格的に寝る体勢に入ります。
 その日見た夢は、私の胸の形をした豆腐を誰かが見て「もっと大きいのマダー!」とか言う、酷いものでした。
 寝覚めも、それはそれは酷いものでした。
 ベッドの傍らに、白くて四角い、人間大の豆腐が立っているではありませんか。
「おはようございます」
「おはようございます」
 意外にも礼儀正しい豆腐でした。
「……驚かれないのですか?」
 豆腐が角をぷるぷるさせながら、疑問系で言います。
「絹ごしって絹で濾してないんですか!」
「はあ、すみません。って、そんなことじゃないですよ。私ですよ、私そのものの存在に驚いてくださいよ」
「豆腐でしょう?」
「豆腐です」
「なら問題無いじゃないですか」
 豆腐なんて珍しくもありません。そりゃあ勝手に私の家、あまつさえ寝室に侵入したことは驚きですが、豆腐のすることです。一々めくじらを立てていたらキリがありません。
「コーヒー」
「……はっ?」
「豆腐ならコーヒーくらい出してください」
「か、畏まりました」
 豆腐はくるりと踵を返します。まあどっちが前でどっちが後ろなのだかわかりませんが、とにかくそれっぽい動きをしました。
「あー、ついでにそこら辺に転がってるブラ、取ってもらえます?」
「ブッ!」
 豆腐が鼻血を吹きました。なかなかウブな豆腐ですね。豆腐ならもっと豆腐らしく、どんと構えていてほしいものです。それを生娘みたいにプルプルプルプルしやがりくださって。こちとら寝起きで機嫌が悪いんですよ。
「うう、すみません。とりあえず、ティッシュはどこですか?」
「えーっと……あ、ブラの下です」
「ブーーーーーーーーーーー!」
 豆腐は前のめりにぶっ倒れて、血の池に沈みました。ほほお、なかなか頑丈な豆腐です。てっきり崩れてしまうかと思ったのですが。
 あんまり苛めては可哀想なので、自分で服を着てから、介抱してあげました。豆腐はヨレヨレと立ち上がると、くいっと頭を下げました。
「面目ありません」
「十分白いから安心してください。血は拭き取りましたから」
「ああ、良かった。もしやこのまま、イチゴ味ババロアみたいな格好で死んで行くのかと」
「ババロアですかあ。美味しいですよね」
「よろしかったら、お食べになります? 得意なんですよ」
「わあい!」
 これが私と豆腐さんの出会いでした。


 それから半月。豆腐さんは実に素晴らしい豆腐でした。
 ババロアを始めとした料理だけでなく、家事一般、簿記まで出来るという、何このS○H○主夫みたいな方でした。一応、性別は男性らしいのですが、豆腐というのはあまり性別によって変化が無いとのことです。皆、似たようなもんですからね。
「作られては増え、切られては増え。そして最後には人様に美味しくいただかれる。豆腐というのはそうしたものなのです」
「ううっ、良い話ですね……ミジンコの儚さに通じるものがありますよ」
「わかっていただけて私も嬉しいです」
 豆腐さんが向かって右上の角を僅かに曲げます。ぱっと見ではわかりませんが、豆腐にも表情がありまして、今は言葉通り嬉しがっているようです。しかし、その表情が僅かに曇りました。もっとも、見た目では白いだけです。ええ。
「どうかしましたか?」
「いえ、私も本当なら、そうやって食べられてほしかったな、と……ははっ、柄でもありません」
 未だに話してもらってはいませんが、豆腐さんは色々苦労なされたようです。
 豆腐色々、でも白い。
 私は深く訊こうとはせず、一緒に笑ってあげるだけでした。変ですね、いつもなら訊こうと思ったときには訊いてしまうのですが。
「おっと、文さん、そろそろ出かけませんと、陽が翳ってしまいますよ」
 言われて私も、窓の外を見ました。私のカメラでは、フラッシュの調節が難しいため、時間帯や撮影場所はかなり重要なファクターです。豆腐さんはその点について心配してくれたのでした。
 私は急いでデザートのメロン味ババロアを食べ、行ってきますと家を出ました。
「良い方ですねえ、本当に」
 写真を撮るだけ撮った私は、ちょうど近くまで来たこともあり、八雲さんの家に立ち寄ることにしました。ついつい豆腐さんと一緒にいるのが楽しくて、近頃は新聞に関することから足が遠退いています。
 これではいけません。せめて前回の広告の反響はどうだったかを確かめるぐらいのことはしておかなければ。しかし、
「ああ、あれ? あれはもう良いのよ」
 八雲さんの第一声は、やっこよりも冷たいものでした。
「すみません、折角のお仕事を」
 私の言葉に、八雲さんは首を傾げてから、鼻で笑ってみせます。
「何を勘違いしているのかしら。十分、目的は果たせたってことよ」
「売れたんですか!」
「そんなにびっくりしないでも良いじゃないのよ」
 いや、だって。危うく続きを口にしかけて、出されたお茶を飲みます。その様子を見て、八雲さんは扇子で口元隠しました。
「あらあら、随分可愛くなったものね。天狗でも恋はするのかしら? しかもお相手は豆腐だって言うじゃない」
「……人が悪いですね。ご存知だったんですか。でも残念ながら、恋ではありません」
「そうなの?」
「そうです」
 ふうん。意味深に言って、八雲さんは扇子を閉じます。
「ま、納まるべき所に納まって良かったわ」
「仰っている意味がよくわかりません」
「ああ、見てもらった方が早いわ」
 それから八雲さんはスキマを開き、中から豆腐みたいに四角い、それでいて全くプルプルしていない箱を取り出しました。
「それはどこかで見た覚えが……」
「そう、眼鏡の店主の所に預けておいたものよ。本来の使い方はわからなかったけど、電気で駆動するのだけはわかったから」
 説明しながら何やら箱の一部を押す。するとくぐもった音がして、ランプが点灯しました。よく確認してみれば、スキマの中に一本のコードが通じています。どこからか電力を取っているようです。
 しかし、変化といえば例のランプが点灯したくらいなもの。水銀灯にしては無駄な造りだ。
「これで箱と私の境界の調整はできたわ。ここからが本番」
 八雲さんが、札に何事か筆ペンで書き、その札を箱に貼り付けます。再度、くぐもった音がした後、箱中にスキマの目玉が表出しました。
「きもっ!」
「酷いこと言うわねえ」
 実際、気持ち悪い。更に気持ち悪いことが起こったのは、八雲さんが机の上で手を横に向けて、すうっと薙いだときでした。
 あの目玉が、手を薙いだ辺りに幾何学的な配列で現れたのです。
「我慢してちょうだいね。これが一番、性に合うのよ」
 ぶちょぶちょぶちょ。華麗な指捌きで、目玉を押していく八雲さん。たまに変な液体が飛んでいますが、楽しそうです。
「餅は餅屋。どうもこれも、一応は数式に乗っ取ってるらしいのよねえ」
「そ、それとこのエグイ行為にいったいどんな関係が」
「今のは意味なんて無いわ。手慣らしに適当にやっただけだから」
 そのわりには豪く気合入っていましたが。
「それでね、それでねっ」
 本当に楽しそうです。ああ、私っていつもこんな風に作業しているのかな。
 遠くに意識を飛ばしている間に、八雲さんが再び指を動かしました。ほんの一瞬のことです。
 直後、部屋どころか庭先、空にまで目玉が一斉に現れました。
「ひいっ! な、何をしたんですかあ!」
「東方、って入力したの。これで皆をびっくりさせたかったわけよ」
「十分びっくりしましたから、早く何とかしてください!」
 下手したら既にショック死でもしている人がいてもおかしくないほどの惨状です。ここまで大事だと、記事にもできません。
「仕方ないわねー。えいっ」
 手元の端っこの辺りの目玉を押すのと同時に、八雲さんの手元と箱以外から、目玉が一斉に失せていきました。良かった良かった。
「って、良くありませんよ! 見ても全く意味がわかりません!」
「わからないの?」
「東方って入れたらここが変になったのはまあわかりましたよ。でもそれが何だって言うんですか」
「貴方、ローマ字はわかる?」
「そりゃ、まあ」
 唐突に関係無さそうなことを言われて、つい答えてしまいます。それを聞いて、八雲さんがもう一枚、札を取り出しました。
「ローマ字で東方って書いてみて。発音は考慮しなくて良いわよ」
「はあ……」
 とにかく筆ペンと札を渡され、試しにtouhouと書いてみます。ただそれだけのことでした。
「これが、何か?」
「私、そのとき寝惚けてて。しかも興奮してて。やっちゃったわけよ」
「やっちゃったんですか」
「二番目の『O(オー)』を入れ忘れたのよ」
 ということは、touhuですか。
 とうふ。
 ……豆腐?
「びっくりしたわー。いきなり人間大の豆腐が現れて、律儀に挨拶してくるんだもん」
「……あの、それっていつのことですか」
「広告を打った前日よ。私も流石に困っちゃってねー。あまりに礼儀正しいもんだから、スキマにポイってのも可哀想だし。かといって豆腐だし。誰かもらってくれないかなーって思ってー、それでー。でもぉ、いくら待っても誰も来なくてぇ。それで私」
「私?」
「『出てけ』って言っちゃった。てへっ」
 OK、大体、話はわかった。
 わかったので、私は立ち上がった。立ち上がり、箱に歩み寄る。そしておもむろに蹴った。
「たった一日で待ったって言えるか、このスキマ野郎!」
「止めて、もう箱のライフはゼロよ!」
 すったもんだの末に私が落ち着いたとき、既に箱は屑鉄と化していた。
「ああ、なんてことを……」
「豆腐さんを弄んだ罰です」
「アラヤダ」
 もう一発、私は八雲さん本人に蹴りをかましてから、家路を急いだのでした。


「足は大丈夫だったんですか?」
 帰宅した私から仔細を聞いた豆腐さんが気にしたことがそれでした。紳士です。紳士なんてものじゃありません。っていうか豆腐です。
「いやあ、こう見えても天狗の端くれです。体は丈夫なんですよ」
「そうですか。私も昔は色々無茶しましたが、こうして真っ白なままでいられます。お互い、丈夫に生まれたもんです」
「昔?」
「ええ。軍用ナイフだけを味方に、ゾンビの群れを倒しまして」
「ほほう、それは面白そうな話ですね」
 実際その続きは面白かったです。しかし本人が一番辛かったのは軍隊での訓練とかで、腕立て伏せができずに苦労したそうです。
「何故か物は持てるんですけどねえ」
 そう呟きながら、コーヒーカップを持ってみせます。
「……豆腐さん、もしかして女の子を泣かせたことありますか?」
「はっ? へっ!? いやいやいや、まあ、なんと、これが!」
 図星らしい。
「め、面目ない」
「安心してください。白いです」
「ああ良かった……それで、それがどうかしたんですか?」
「いや、モテるんじゃないか、と」
 コーヒーを飲む豆腐さんの動きが止まりました。じきに、やっこよろしく露が滴り始めます。いけません、これは豆腐特有の発作症状です。
「しょ、醤油、醤油をっ!」
「かけますよ、かけて良いんですね!」
「早く……っ」
 私は急いで戸棚から一升瓶を出し、どばどばと豆腐さんの頭にかけました。やがて豆腐さんの発作が落ち着き始めます。
「ま、真っ白に燃え尽きるところでした」
「元から白いじゃないですか。今はちょっと醤油色ですけど」
「むう、面目ない」
「確かに」
 それから豆腐さんは、体を洗いがてら寝ると言い出しました。そう、豆腐さんは水を張った湯船で寝るのです。何せ豆腐ですから。
「それではお先に失礼します」
 どうも年上らしいのですが、実に礼儀正しい方です。
 私はその後、醤油臭い食卓でコーヒーを飲みながら、記事をまとめていました。
 書くことと言えば、豆腐さんのことばかり。私はそれに気付く度、下書きを破いて捨てていきます。
 あの方のことは私と八雲さんだけの秘密にしておきたかったからです。できれば、私だけの秘密をこれから作っていきたいものです。
 以上、最近はパジャマを着て寝るようになった、私でした。