蓮子を割る

  一

 真夏を迎えた京都の街中。陰影は濃く、喫茶店の日陰のテーブルから見ると、白く光る街は余計に暑苦しく見えた。
「どうして西瓜なの?」
 レタス多めのサンドウィッチを齧っていた蓮子は、メリーと呼ばれることの多い友人の仏頂面から一度、視線を逸らした。
 この喫茶店は学割が利くので、かなり頻繁に来ている。どちらかといえばメリーの方が店員と親しいのだが、それは蓮子が待ち合わせに遅れまくるせいで、待たされる方のメリーが店員に顔を覚えられたせいだった。
 今日も今日とて、蓮子は遅刻している。そのくせ、メリーが暇潰しに読んでいた本を見て、感想を訊ねたりする。
 ただ今日の蓮子は、いつもよりも丁寧に、メリーの相手をする必要性を感じていた。
「やっぱり、こう、割ったときの感動が欲しかったのよね」
「でも西瓜なんて、大して使い道が無いじゃない」
「割られれば十分じゃないかなあ」
 要するに、蓮子は西瓜を割りたかった。
 それでは説明にならないので、経緯から追っていきたい。

 以前にトリフネに行ったときに見た生態系が面白かったので、自分でも何かしてみたくなった。しかしまさか、自然環境をコントロールするシステムを作れるものではない。
 コンピューター上でのシミュレーションも手段の一つだが、これはもう小学生でも授業で習うようなことだったので、やる気が失せた。
 そんな頃に、何とはなしに読んでいた地元の情報誌で、「畑貸します。学生さん無料」の広告を見付けて、連絡を付けたのだった。
 一応、実家の家庭菜園は手伝わされていたことがあるので、土仕事自体はちょっとだけ出来た。
 今は品種も土も強力だから、台風が直撃でもしない限りは、大概のものは無事に育つ。
 しかしそんな農業も、現在は生産そのものより、如何にコンパクトな規模で循環させるか、地産地消ならぬ制産制消にトレンドが移っている。
 価値が下落した不動産を利用したビル栽培は、都市生活の中核となっている。
 モノは全て資源であり、都市空間の中で生まれ、消化し、腐り、分解し、発酵し、燃焼し、発電し、濾過され、生まれ変わる。名前はその段階を指し示すに過ぎない。
 死体が腐っていく過程を描いた仏教画など見なくとも、人は都市を見るだけで、十分な啓示を受けることができた。
 自然の中に捨て続けるだけの石油文明を真の意味で変革し得たのは、地味な研究と実証の積み重ねによって実現した社会だった。
 そして元来の農業は、人間にとってのアートとなった。
 畑の貸し出しが学生に対して無料なのも、こうした考えが浸透しているからこそ。
 そこの畑は自由に作付けも出来たが、管理人の婆ちゃんが希望する品種を栽培すると色々とアドバイスしてくれるとのことで、その品種の中に西瓜があった。
 毎日のジョギングみたいなものだと割り切って、畑に通うこと数ヶ月。
 その甲斐があって、メリーの頭ぐらいの大きさの西瓜が、畑にゴロゴロと転がっていた。その内の二個は昨日、実家に宅配便で送っておいた。
 西瓜畑で収穫したものを、その場で切って食べてみたが、あんまり美味しいものだから、口どころか顔中が汁まみれになった。
 何が美味しいって、水気が違う。味だけなら合成食品やアイスでいくらでも味わえるが、口の中を潤す爽やかな水気は、久しぶりに堪能した。水の甘さに優劣を付けられる蟻の気持ちが、わかりそうだ。
 気付けば足下に皮と種が転がっていて、水っ腹を抱えて帰宅したのだった。
 ただ、問題があった。
 部屋の冷蔵庫には半分に切ったものが二つ、つまり一個分が、ぎりぎり収まるだけだった。
 蓮子の取り分は八個あったが、今のペースだと美味しい状態で消費し切るのは無理である。
 それでメリーにもお裾分けしようと思って、畑に取りに行く前に呼び出したのだった。

「私、別にいらないけど」
 にべもなく言われた蓮子は、苦笑いもせずに、アイスコーヒーのストローを吸った。
「でも私が思うに、メリーの灰色の脳味噌には刺激が必要だよ。それがきっかけで、また新しい所に行けるかもしれないじゃない」
「それなんだけど……」
 思わせぶりなメリーの言い方に、蓮子は食い付いた。
「なになに? また何か見た?」
「この時期にそういうの見ると、向こう側の蚊とかに刺されちゃうのよね」
「あんまり美味しくなさそうなのになあ」
 蓮子がちゅうちゅうとストローを吸うと、メリーは自分の腕を撫でた。
 ノースリーブの蓮子とは違い、メリーは薄手の長袖で、真っ白な膚が服の上からも透けて見えるような気が蓮子にはした。
「ま、出てきたってことは興味はあるんでしょ? なら、運動がてら行こうよ」
「ええ。西瓜がどれぐらい蓮子の頭に似てるか、確かめたいもの」
 蓮子は自分の頭をこんこんと叩くと、席を立った。
「あの水っ気は私に似たのか?」


  二

 街中から見える山は、実際よりも近く見える。街の灰色がそうさせるのか、立ち上る熱気によるものなのか。
 いくら排ガス規制が厳しくなっても、どんなに技術が進んでも、人が道を舗装する限り、街中の気温は下がらない。
「つまり、敷かれたレールの上を歩かない……これが究極の涼しい過ごし方なのよ」
「街に住んじゃってる以上、乗り物は利用しましょうよ」
「道が先か、車が先か。それが問題だ」
 蓮子の隣を歩くメリーは、つば広帽から吊り下げられているような具合で、首から下がふらふらしていた。
 トートバッグから取り出した水筒の中身を喉に流し込むと、十秒ぐらいは律動的になるのだが、じきにのったくったとした歩き方に逆戻りする。
 蓮子からすると、やる気の無い馬を牽いている気分で、うっかり口にしたら蹴り飛ばされるのがオチだった。
 ただ、蓮子にもこの暑さはきつい。畑にはいつも早朝に行っているから、日中の暑さには慣れていなかった。
 ――自宅からだと、片道二十分ぐらいだったはずだ。まあ、時間は『気にしない方』だから、実際にはもう少しあるかもしれない。
 蓮子がそういう腹の立つ思考をしていることはメリーも承知していたから、帽子を脱いで、蓮子に渡した。
「ちょっと持ってて」
「鬱陶しいのはわかるけど、帽子無いとかえってきついんじゃないの」
「いいから」
 半ば強引に手渡された蓮子の前で、メリーはトートバッグの中から、秘密兵器を取り出した。
 それは持ち手の部分が外せる和風の日傘だった。メリーは手慣れた様子で水色がかった和傘を組み立て、差す。すると澄んだ色の陽射しが、彼女の金髪を濡らした。
「それ良いなあ……」
「京都に来てから、やたら暑いもんだからね。梅雨が明けた頃に買っておいたのよ」
 ずるい、と蓮子は思った。日傘が羨ましいというより、メリーが身に付けると大概のものが似合ってしまうのが、ずるい。
 いまどき外国人も珍しくないのに、すれ違う人がメリーの方に視線を向けるのがわかる。
 蓮子はふと、気になったことを訊ねた。
「まさか、私を出し抜いて優越感に浸る目的で買ったの?」
「一人きりでこれを差すのは、寂しいでしょう?」
 どうとでも受け取れるようなことを言うメリーに、蓮子は溜め息を吐いた。
 めんどくさがりのようでいて、こういう行動力はあるのだから。
「私も、冬には何か用意しておこうかなー」
「たとえば?」
「……熊の頭の付いた毛皮とか」
 ぱっと浮かんだのが、漫画とかで蛮族っぽいのが被ってるアレだった。そこら辺、メリーも同様の想像をしたようだ。
「人の目といい値段といい、どこを取ってもチャレンジ精神に溢れているチョイスね」
「やっぱ別のにするわ」
 そんな風に歩いていれば、道のりはあっという間だったりする。
 風の匂いに土と草が混じると、目的地だった。
 山裾の一角にある三アール程度の土地が、全て畑。家庭菜園と比べれば格段に広いが、農家の畑としては広くはない。
 本来はもっと広かったそうだが、管理し切れなくなり、一時は開発業者に全部売り払おうかと思ったが、何がどうなるか見当も付かなかったので止めて、里山実験などの事業に貸し出したり売ったりして、ちょっとだけ畑を残したらしい。
 売った土地の中には荒れてしまったものもあるが、今現在、六七割は緑と人が残っている。
「つまり庶民的な細々とした土地の切り売りが、かえって自然を守ったことになるのね」
「自然って言っても、人間にとって便利な自然だしね。それぐらいで良いんじゃないかな」
「そういえば原風景という言葉も、あれは人の手が入ったものを言うそうね。人が宿らない場所は、人の心の中にも宿れないものなのかしら? 人生は仮の宿のようなもの、っていう表現を見たことがあるけど、死後になって初めて、人は心以外の場所に旅立てるのかも?」
「その論でいくと……心の方がどこかに行っちゃった人は、死ぬまで心には出会えないのかな?」
「その思考自体が、人と心を分かつ考え方のように私には思えるわ」
 首を捻り始めた蓮子を見たメリーは、日傘をバッグの中にしまった。
 このまま呑気に立ち話を続けたら、蓮子の方が日射病になりそうだった。
 さっき返してもらった帽子を被ったメリーは、視線を左右に走らせて、蓮子に訊ねた。
「それで、蓮子畑はどこかしら?」
「……何、その呼び方」
「蓮子の畑だから蓮子畑よ」
「いや、嘘だね。『蓮子みたいなのが出来る畑』って意味で言ったね」
「安心して、蓮子。あなた以上のものは畑からは出来ないから」
「ここまで酷いこと言われたのは生まれて初めてだ」
 ぶつくさ言いながら、蓮子は畑道を案内する。
 それも今までの道のりと比べたら短いものだった。西瓜が転がっている場所にはすぐに着いた。
 陽射しの中、黒いものがコロコロとしている姿に、メリーは一瞬、目を大きくしたが、すぐに眉根を寄せてしまった。
「なんだか、予想より小さいわね」
「ああ、食べられないからね」
「は?」
 肩透かしを食らったメリーの顔は傑作で、蓮子は満足だったが、そのままでいると頭から畑に植えられそうだったので、さっさと種明かしをした。
「こういうのは野放しって言って、収穫はまだのやつ。ビニールでトンネル作って早く育てたやつは、ここにはもう無いよ」
「どこにあるの?」
「そりゃあ、畑の持ち主に預かってもらってるよ」
「じゃあ、そこにも行かなきゃいけないの?」
「……西瓜、いらないんでしょ? 先にバスで帰っていいよ?」
「来たからにはもらって帰るわよ。当たり前でしょ」
 こういう所は現金なのだから、手に余る。
 その一方で『そう言うだろう』とも思っていたから、蓮子は頬を緩ませた。


  三

「うーん……」
 帰りのバスの中で、メリーは呻いていた。
 畑の持ち主の家に西瓜を取りに行ったら、なんやかんやと西瓜以外にも味見を勧められて、可愛い顔のくせに食いっぷりはいいものだから、わんこそばよろしく平らげるはめになった。
「これ絶対、歩いた分のカロリー以上に入ってるわ……」
「よく動き、よく食べる。健康的じゃないの」
「……バスの中じゃなければ、あなたの頭で西瓜をかち割りたいところね」
 畑で口にした通り、メリーは自分の分の西瓜を持ち帰ることにして、今は座席の下に置いてある。
 丸々一個ではなくて、半分にしたものをあげようかとも蓮子は考えていたから、念のため確認しておくことにした。
「そんなに食べられるの?」
「昔、家でよくやってた食べ方があるのよ」
「へぇ。どうやるの?」
「先ず、ヘタから中の方をくりぬくわ」
「ふむ」
「そこにウォッカを注ぐわ」
 コロンブスの卵の場面を目撃した気分だった。
 蓮子が驚いているのに気付かず、メリーはそのまま話を続ける。
「数時間ごとに適度に注いで、万遍なくウォッカが滲みたら、完成よ。あとは普通に割って食べるだけ」
 想像してみたが、どういう状態になって皿の上に置かれるのか、いまいちわからなかった。
「考えてみたら、実家から送ってきたウォッカが余ってたから、ちょうど良かったわ」
「ああ、まあ、そうでもなきゃウォッカなんて使わないよね。ははは」
 メリーとウォッカが結び付かなかったので、思わず笑いが零れた。
 するとメリーが、真顔で返した。
「一日一回はレモンと一緒に一杯やるものでしょ? まさかあなた、あの味を知らないの?」


 バスを降りた後のメリーの行動力は凄かった。
 一度、蓮子の家まで自分の分の西瓜も持っていき、そこから自分の部屋に一度戻り、シャワーで汗を流してから、ウォッカやら何やらを突っ込んだトートバッグを担ぎ、蓮子の部屋へと再びやってきた。
 蓮子は半分に割った自分の分の西瓜を冷蔵庫にしまい、メリーの西瓜を台所の流しに置いてから風呂に入っていたが、予想を上回る速さで戻ってきたメリーにインターホンを鳴らされて、湯船から慌てて上がるハメになった。
 外はもう暗くなり始めていたが、メリーの一日は今始まったかのようだった。
「さっき畑の人にもらった分で腹ごしらえは十分だから、先ずは西瓜と一緒にやりましょう。それから定番のレモンとやっていれば、じきに『あれ』も出来上がるわ」
 メリーが出て行ってからすぐにパソコンで調べてみたが、『あれ』というのは、その名もずばり、ウォッカウォーターメロンというらしい。見事なまでにそのまんまなネーミングだった。
 お楽しみの順序について説明しながら、メリーはトートバッグの中からレモンを取り出し、それからウォッカのボトルを取り出した。
 そしてその次にウォッカのボトルを出して、その次にはウォッカのボトルを出し、最後にウォッカのボトルを出した。
「あの、メリー……? どうしてウォッカが四本もあるの?」
「あっ、ごめんなさい。勝手に銘柄選んじゃったけど、どれも代表的なものだから安心して」
 そもそも、そう言われるまで銘柄が違うことに気が付かなかった。
 ラベルが赤っぽいのやら緑っぽいのやら、色々である。どれも度数を示すアラビア数字が表記されていて、嫌でも目に留まるが、蓮子はそれを外宇宙に存在する言語だと思うことにした。
「あのさ、メリー。ラベルをテープかなんかで隠しておいてもらえる?」
「え? どうして?」
「いや、その方が面白そうだしさ」
 度数を読み取ってしまうと、その途端に卒倒しそうだった。
「じゃあ、西瓜に使うのだけ別にしておくわね」
「うん」
 手元のノーパソに表示されている明日の天気予測に気を取られている振りをしながら、メリーの方を見ないようにする。
 じきに作業が完了し、ガムテープをべったべったと貼られたボトルがテーブルに並んだのだった。
「まあ、こうしたところで、私はキャップの色とかボトルの形で、わかっちゃうんだけど」
「いやあ、こういうのは気分でしょ、気分」
「それもそうね」
 ちなみに蓮子の気分はといえば、雨時々豪雨後竜巻である。今は大学が休みなのが救いだが、明日は多分、精根尽き果てていることだろう。
「それじゃあ先に、あれを作りましょう」
 すく、っと立ち上がったメリーが、一瞬だけ頼もしく見えた。
 騙されてはいけない。この頼もしさがテーブルの上にボトルを並べたのだ。
 蓮子は腕組みをして、人類が生み出した特殊な液体を睨む作業に没頭しようとした。
 すると、立ち上がったままで動かずにいたメリーが、不思議そうに首を傾げた。
「作るのは蓮子よ?」


  四

 蓮子の頭が西瓜なのだとしたら、そこに酒を注がれたのと変わらなかった。
 ウォッカの一杯目を飲んで、いや一口目を含んで、いやさ液体を一嗅ぎしただけで、蓮子は日常からオサラバするはめとなった。
 そんな蓮子を構うのが楽しかったのか、メリーもペースが乱れたようで、蓮子に遅れながらも酔いを深めた。

 そして二人は、畑にいた。見上げれば満天の星空が広がり、ちょっと郊外に出ただけでは味わえないような清涼な空気が漂っている。
「はりゃ? ここどこ?」
「蓮子の頭の中じゃないのー!」
「そっかそっか、あひゃひゃひゃひゃ! ―ーげぼっ!」
「良かったねえ、蓮子ー、ここ土だし、吐いても汚くないよー」
「あひゃひゃ! げぼぉ!」
 確かに蓮子のキラキラとした逆流は母なる大地の懐に受け入れられたが、二人は尻餅をついていたから、土が付いてしまっていた。
 蓮子もメリーも酔っ払ったとき特有の暑苦しさから下着同然の格好になっているから、服の心配はしなくても良いのだが。
「ちょっとちょっと、大丈夫? ねえ?」
 ペン! ペン! とメリーが叩いているのは、蓮子の頭ではなくて、畑に転がっていた西瓜だった。
 蓮子の畑に転がっていたものどころか、ウォッカを注いだものよりも二回りばかしも大きい。
 それが何十個も転がっている中で、二人は酔っ払っていた。
 そうこうしている内に、遠くから明かりが近寄ってきた。
「あなたたち、人間? 何やってるの?」
 変な訊ね方だなあ、と思ったのは蓮子である。
 が、彼女の頭はもっと変なことになっている。
「あれー!? 畑の婆ちゃん、若くなってるー!」
「ほんとだー!」
 若くなってるどころか、ナイトキャップを被って見回りにきたのは少女で、ランプの明かりを酔っぱらいにかざしている。
 怒りとか呆れとか通り越して、この下着姿の馬鹿二人のことが純粋に心配になったらしく、大声を出そうともせず、比較的まともそうなメリーの傍に屈んだのだった。
「お婆ちゃんもこれ飲む?」
「……ウォッカ? こういうのはもっとスマートに飲むものよ。いい加減に火を使うと火事になるでしょ? それと同じ」
「友達が火事を起こさないよう、訓練していたのであります!」
「二人とも丸焼けになってるじゃないの」
 口ではそう言いながらも、少女はメリーの体に付いた土を手で払ってやる。
 それから少女は、少し考え込んでから、メリーの手からボトルを奪った。
「悪い子だから、没収します」
 そう言って、まだ半分近くもあるボトルを、一挙に呷った。
 それはメリーが持ってきた中でも最もアルコール度数の高いものだったが、少女は全て飲み切って、空になったものをメリーに手渡した。
「ご馳走様」
「お婆ちゃんすごーい!」
「結構、良い味してるわね」
 二人が盛り上がっている一方で、蓮子は決意した。
「二番! 宇佐美蓮子! いきまーす!」
「わー!」
 ぱちぱちぱち、と拍手が上がったかと思った瞬間、蓮子は目の前の西瓜に頭突きをした。
 だが、彼女の頭よりも大きな西瓜はびくともせず、罅が入っただけで終わった。
 そして、蓮子の意識もぶっ飛んだ。
「あらら、お友達はおねむしちゃったみたいね。あなたもそうしたら? あの西瓜、お土産にあげるから持っていきなさい」
「ありがとう! お婆ちゃん!」
「今夜は許すけど、もし次に会ったときにもそう呼んだら、頭かち割るからね」
 少女がメリーの頭を優しく撫でてやると、催眠術にでもかかったみたいに、メリーも昏倒した。
 それからすぐに、二人の姿は畑から消えたのだった。

「やっぱり、普通の子じゃなかったわね」
 金髪ではない方は、たしか蓮子とか名乗っていたか。
 少女、風見幽香はゲロに汚れた畑を見下ろしながら、蓮子畑とでも名付けようか、と考えていた。


  五

「ねえ、蓮子。やっぱりあれは結界の向こうだったのよ」
「あー……」
「こんな大きな西瓜が、朝になったら部屋に転がっているなんて……」
「うー……」
 蓮子の目は、死んでいた。顔や体がなんだかペトペトするし、暑いのだか寒いのだかもわからない。
 彼女にとっては、今こうしてメリーが喜々として喋っていることさえも夢の中の出来事である。蓮子が蘇るとしたら、吐き気からトイレに頭を突っ込んだときだろう。
 昨日は、人と心を分かつことについて触れたが、それをするのに酒は一番手っ取り早い方法のようだ。
 夜の畑での二人は、虫も食うのをためらったようで、一ヶ所も虫刺されが無い。
 メリーは水の入ったペットボトルを蓮子に飲ませてやりつつ、決意した。
「この西瓜は海に持って行って、西瓜割りしましょう。普通に食べちゃうのは、もったいないもの」
 ――三日後ぐらいなら、いいよ。
 口をぱくぱくとさせて、蓮子は答えた。
 なにせまだ、酒を注いだ『あれ』が残っているのだから。