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おやつ少々、玉八号

 その日その時も、私は同輩である犬走椛と花札を打っていました。

 椛はやたらと唸り声を上げながら手札を捨てていて、それは手札の悪さ以上に、花札そのものに納得がいっていない証です。
 彼女の我慢も限界に近付いたらしく、役以外の言葉を口から出しました。
「何だってこんな面倒臭いものをしなけりゃならんのですか」
「回転が良いから」
 端的に答えただけで、私は自分の手札に目を戻します。
 椛は焦れた風に、山札から引いた鹿を捨てました。
「ほい、それ出来た」
「ぬがあああ!」
 私のはタンばかりの安い手だったのですが、椛が投げた札の中には二十点札が何枚か見えます。
「狙い過ぎだね。初心者にありがちなミスだよ、モミジン君」
 その初心者を強引に花札の場に引きずり込んだのは私。あの見ただけで目眩がする椛愛用の巨大将棋盤を使うのだけは避けたかったのですよ。
 しかしまあ、これ以上付き合わせることもありません。私は散らばった札を手早く片付けます。
「あ、あれ? 終わりですか?」
「残念、私ももう少し打ってたいんだけど、用事があるんだわね」
「誰も続けたいなんて言ってません。で、何の用事ですか。御山の仕事ですか?」
「んにゃ、御山の下のお仕事」
 椛が惚けた風に「ああ」と言いました。
 彼女は鴉天狗ではないから関係無いし、そもそも仕事でもないのですが、新聞業については周知のこと。
 滝の裏側を眺める彼女の手は、どこか心許なさそう。
 御山の見回り役という仕事柄、椛は外に出たがらない。出たがらないというのは、別に出ても良いから。他に人手が無いわけでもなし、最悪、ウチの大将かそれに次ぐ誰かさえいれば、どうとでもなる。天狗の仕事なんていうのは、概ねお互いの関係の維持が目的なのだ。
 それくらいのことは椛もわかっているはずなんですが、それはそれで彼女にとって尊守すべき目的らしい。
 反面、私が外の写真を見せてやると、いつもの面倒臭そうな顔をしながら目を通します。そして決まって、滝の裏側を眺めます。
「何なら、一緒に行くかい?」
 一瞬だけ椛の目が輝いたように見えました。が、すぐに下を向いて頭を掻き出してしまいました。
「駄目ですよ。ほら、私、髪ぼさぼさだし」
「いつものことでしょうが」
 悪気があってのことではない。彼女の髪質はしっかりしており、短い髪にはそれぐらいの活発さが似合っていた。
「気になるなら解いてやろうか」
「い、いいですよ。自分でやります」
「あっそ。んじゃ、山の下で待ってるしね」
「ふぎゅ……」
 やけにしおらしい返事を背中に、私は滝の裏の洞穴を出ました。


 流れる落ち葉も絶えた川に沿って飛ぶ。もっと最短のコースを最速で行くのが平素であります。しかし今日は椛がいるため、万が一に一人で帰るとか言い出されたときのためにも、わかり易いルートを取らせてもらいました。
 彼女は最初、櫛で何度も解いたらしい髪が風でばさつくのを気にしていたようですが、人里の近くまで来ると持ち前の目の良さでもって、好奇心の強い視線を投げました。
 里の辺りの空気は立ち上る炊煙などによって暖められており、風も揺らいでいます。
「そろそろ降りるよ」
「はーい」
「知らない人にはー」
「付いて行かなーい」
「おやつはー」
「無ーい」
 ノリが良くて大変に結構。後で焼き芋でもご馳走してやりましょう。
 人目にあまり付かないで済む村外れに降りると、愛用の羽扇を振って妖気を払う。変な虫が付いてきてしまったら、先方に迷惑がかかりますからね。
 そんな私の気遣いを、肝心の先方は汲んではくれませんでした。
「何だ、変なのが付いてきてるな」
 上白沢の慧音さんは庵の玄関戸を開いて椛を見るなり、目を細めました。
「いやいや、これは従弟みたいなもんですので、お気になさらないでください」
「……他には?」
「他?」
「そうだな、例えばやたら弓が上手いのとか、片目が潰れてる奴とか」
「やけに具体的ですが、いませんよ」
「そうか……」
 些か残念そうな口調に聞こえましたが、大過は無さそうなのでスルーします。椛はこれでもかと「何ですかこの馴れ馴れしい奴。切っちゃって良いですか」という視線を私に送っていますが、これもスルー。
 ですがまたそんな危なっかしい視線を送られても私の胃が痛くなるので、彼女に向けて手を差し出します。
「おやつなら無いですよ?」
「ちょっとあなたの剣、貸してちょうだい」
「喜んで。ついでに盾もどうぞ」
 御自らとは流石ですなあ、という顔をされる。
 私は極太の曲刀と小さな盾を受け取ると、やにわに上空に投げ、羽扇で起こした風で山の方に思い切り飛ばしてやりました。
「あ、あああああああー!」
「安心しなさい。方角は確かだから御山のどこかに落ちてるわよ。あなたなら臭いですぐわかるでしょ」
「折れてたり仲間の誰かに当たってたりしたらどうするんですか! 私のだってバレバレですよ!」
 考えてませんでした。とは言えないので、
「いや、ちょっと手首にスナップを利かせたから。大丈夫……うん大丈夫」
「手首ですか」
「そう、手首よ手首。何事も手首よ」
「そっかー、手首かあ」
 感心した風に何度も自分の手首を振る椛を見ていて、胃の代わりに良心が痛んできました。もし危惧した通りになっていたら賠償金ぐらいは肩代わりしてあげよう。
「もう良いか?」
 既に歩き出していた慧音さんが待ちくたびれていました。
 今日の用事は彼女本人にではない。これから目的の場所へ案内してもらう手筈になっていました。
 村外れから更に外れた場所、里の裏にある山の崖下へと案内される。ここら辺は土が硬く、崖も急なために植物が少ない。しかしそれ以上に殺風景さを演出しているのは、崖下にある掘っ立て小屋でした。
「ももも、もしかして逢い引きの現場でも覗くんですか」
「そういうのはお前の姉貴分一人にやらせたいところだな」
 適当にあしらい、小屋の戸に手をかける。邪魔する旨を伝えると、中から承諾の返事がありました。
「おっと、そうだった。戸を開ける前にこれを口に巻け」
 これとは手拭いでした。私は中で何が行われているのか知っているので素直に口に巻きましたが、椛は嫌がります。
「鼻を塞ぐなんてとんでもない!」
「そんなこと言わないで」
「いいえ」
「そんなこと仰らずに」
「いいえ」
「そんなこと言うんじゃありません!」
「ひいっ!」
 私が前から抱き付いて両手を塞いでいる間に、後ろから慧音さんにがちがちに手拭いを巻いてもらう。
 色々な意味で椛が大人しくなり、慧音さんはやっと戸を開けることができました。
 その瞬間、手拭い越しにも硬質の臭いが鼻を刺す。隣の椛はけほけほと咳を始め、それが治まるのを待ってから先に入った慧音さんに続きます。
「ういーっす。外で何やってたんだ?」
 中には鼻や口だけでなく目以外の全てを巾で巻いた人が待っていました。床に垂れている長い髪の毛が無ければ、知り合いでも藤原の妹紅さんとはわからないに違いない。
 彼女はここで、彼女に最も向かないはずの作業をしている。
「どうだ、捗ってるか」
「んー、一週間前の派手な爆発さえ無ければ、今頃は完成してたけどさ」
「はははっ、悪い悪い」
「いやー、びっくりしたなあ。復活したら崖が崩れてるんだもん。根を詰め過ぎてうっかり爪に火を灯した覚えがあるんだけど、やっぱまずかったね」
 笑いながらも手に握った粉を小さな玉に詰める作業を続ける。
 隣の椛を見ればわなわなと震えていたので、肩を叩いてあげました。
「感動したかね、モミジン君」
「震えてるんですよぉ」
「何故だね」
「だ、だってあれ、火薬ですよね? しかもあの人、前に文さんの新聞に載ってた火炎使いの」
「まあ落ち着きたまえ。ほら、ちょうど妹紅さんの隣に座布団が」
「ひいいいい……」
 半ば強引に座らせ、逃げられないように私も腕を組んで隣に座る。
 妹紅さんは挙動不審な相手にも、きさくに挨拶をした。
「こんちわ。文の友達か?」
「じゅ、従弟みたいなももももんです、はい」
「従弟っていうと、あれか。他に弓がやたらめったら上手いのとか……まあいいや。あまり激しく呼吸してると、火薬が飛ぶぞ」
「NOOOOOOOO!」
「NONONO脳裏に焼き付く〜♪」
「ど、毒された快楽は〜♪」
「おお、知ってるねー」
 椛もすっかり妹紅さんと仲良くなったことだし、歌の間に妹紅さんの仕事について触れてきましょう。
 時を遡ること、四ヶ月は前。
 妹紅さんはこれまで長いことひっそり暮らしてきたそうなのですが、ここ二三年は何かと騒がしくなり、それに伴って筍尽くしの食生活に飽きたそうな。
 しかし急に戦争が始まって爆撃機を撃ち落とすための竹槍特需が起こるわけでもなし、竹に囲まれた生活では糧も手に入らない。
 仕方なしに親友である慧音さんに仕事を斡旋してもらったところ、息子が自ら開発した花火火薬を燃料にしたロケットでどこぞに飛んでいってしまった平三さんという花火職人の爺様に弟子入りする話が持ち上がり、現在に至っています。
 最初は妹紅さんも自分が火を扱う能力があるために嫌がったものの、「これを機会に火をコントロールできるようになるんだ」というもっともらしい慧音さんの説教を聞くに付け、仕事が楽しくなったとのこと。
 今ではその不死性を生かし、平三さんのような人間にはとても恐ろしくて試せないような火薬の調合を日夜行っているのです。
 この調合した火薬、なんと常温でも発火する危険性があるというとんでもないもので、その代わり完成の暁には文字通り幻想郷に暁が到来することでしょう。
「何て素晴らしい」
「何がですか」
 思わず漏らした言葉に、耳の良い椛が反応する。
 私は咄嗟に、
「歌ですよ、二人の歌。やはりビジュアル系は多少痛い歌詞の方が燃えますね」
 テキトーに言ってみるテスト。
「燃えるねー」
「熱いですねー」
 テストは無事成功し、妹紅さんと椛はまた仲良く歌い始めました。
 私はそっと椛の傍を離れ、外に出ていた慧音さんにお礼を言いに行きました。
「礼なんて言わなくて良い。引き受けたなら、それ以下は無くてもそれ以上には応えるものだ」
「そう言っていただけると助かります。里の新聞広告の方は今後とも都合させていただきますね」
「ああ。ま、今回の件を差し引いても大晦日には間に合うだろうよ。それにしても外界もおかしな流行があるもんだ。何だって年越しにだなんて……そもそも厄除けとして……何よりその時期は火の用心こそを……」
 ぶつぶつやり始めましたので、私は頃合いを見てさっき村外れで失敬しておいた薩摩芋を、小屋の中にそっと転がしておきました。
「慧音さん、そろそろ」
「ん、そうだな。それにしてもあの子は大丈夫なのか?」
「丈夫ですから」
 二人で小屋から十分で離れた直後、閃光と共に小屋が吹き飛びました。
「うっわ、まさかここまで上手くいくとは。今後あいつに作業中は歌わせられんな」
 呆れている慧音さんはさておき上空の様子に目を凝らすと、木片の間に椛がいました。
 ぼさぼさ頭が爆発でぼんぼん頭になっています。妹紅さんは……ああ、椛を庇って火薬ごと吹き飛んだようです。残りの火薬と一緒に地面で激しく燃えているのが、恐らく再生中の妹紅さんでしょう。
 私は上空の椛に向けて、叫びました。
「椛ぃ! おやつはー!?」
「ありましたー!」
 満面の笑顔の彼女の手に、焼き芋が握られていました。まだちょっと生でしょうけど。
 その日その時、今年の大晦日にはまた笑顔が見られることでしょう。滝の裏側にも届く、綺麗な閃光と共に。