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第十四話「和洋分節」

 アルクェイド・ブリュンスタッドはここ数年、落ち着きのないままに過ごしている。死んだはずの人物が生きているような気がして、そんなことはないと思い直すが、それでもやはり生きているような気がする。自分は全を知っているという前提の下に存在しているから、恐らくその直感は正しいものの、その全を知るはずの自分は死んだはずの生きている人物を目にしていないので、正確には知っていると言えないのではないか。真似事のようなうたた寝をする度に、そんな小理屈なんだか禅問答なんだかわからないことを頭の中でこね回しては、傍にいるレンにちょっかいを出して嫌な顔をされる。そうやって過ごしている。
 そんな漫然とした日々の中にあっても、志貴に会いたいと思うことは無かった。日常と非日常の両極端を特有の生き方で支えあっている人物は、人間を理解しようとする段にあってこそ、自分には魅力として映ったのではないだろうか。
 そもそも、自分のような者が一人の人間の生死の分別をつける必要に迫られているかというと、そんなわけはない。
 例えば。――平和であろうとその中に抑止力を刺激する存在が認められれば女子供すらまとめて土に還す。
 例えば。――親子が殺し合い、隣人同士が妬み合おうと、彼らが互いに抑止し合ってさえいれば何も感じない。
 そんな者が、生死だのピンキリだのに拘る必要も必然も可能性も無いのである。だからこれは、風船が膨らんだり縮んだりを繰り返しているのを傍から見ているようなものだ。膨らみきった瞬間こそ気をつけるが、縮めば何も思わない。ツーとトン。〇と一。我ながら地球はこんな危機管理感覚で良いのかとすら今では思うが、自分に後付の知識や感慨なんて何の意味も無いので、この感慨も意味が無い。自分は元から存在した分だけ意味がある。だから、余計なことはしようとしまいとお構いなしなのだ。ただ、自分のことをこのように理解できるようになったのは、やっぱり志貴がいたからなんだなぁ、なんて思ったりもするのだった。
 金髪の姫君は今日もうたた寝をしていた。ここは居心地が良い。でもやっぱり落ち着かない。それは多分、自分が〇か一の傍にいるからなんだろうな、と直感が教えてくれる。もう片方はどこに居るのだろう。誰かが大事に棚の奥底にしまっているのかもしれない。そこで考える。〇が一になり、一が〇になったとき、〇になった方はどうなるのだろう。そう考えたら、志貴が悲しむ顔が見えた気がした。
「それで、いつになったら私の質問に答えてくれるのかしら」
 アルクェイドは自分の膝の上で猫の姿になっているレンの頭を撫でながら紅茶を飲んでいたのだが、無粋な声の所為で折角に散らせていた意識を集めなおした。体を預けているロッキングチェアをゆっくり揺らしながら、徐々に徐々に、視覚を取り戻す。声のした方向に目を流すと、そこには記憶に無い格好をした記憶にある黒い長髪の女性が立っていた。彼女はきつとした目の先を壁の辺りに当てて、じっとアルクェイドの返事を待っている様子だ。
「なんでいるの?」
「それはこちらの台詞です。しかも五分前の」
「ああ、じゃあ、五分前からいたんだ。私はずっといたよ」
「だから……ああ、もう」
 遠野秋葉は隣に控えていた翡翠に目配せをして、彼女を下がらせた。琥珀は既に休んでいる。順序としては、琥珀が寝て、翡翠が巡回をしている最中にアルクェイドを見つけ、秋葉を呼びに行ったというものであるから、翡翠が一番の苦労をしている。彼女はこれから眠るのだろう。アルクェイドが彼女にお休みなさいと告げると、翡翠はお休みなさいませと返し、壁の辺りを気にしてから、割り当てられた寝室に向かった。
「わかった、教えてあげる。いわゆる逗留ってやつよ。こう見えてもそれくらいのことができる生活をしてるんだから」
 そう言って、逗留という言葉に感慨を覚えつつ、身をおいている環境に目を遣う。別荘というよりは、登山者目当てに作られた旅館といった具合の作りであるこの建物に唯一あるテラスがここだ。建物全体は二棟に分かれており、テラスがあるこちら側はここを管理している姉弟が住んでおり、こちらにも客室は存在している。当然、こちらは普段使われることはない。しかも今回は、観光組合の隠居が行っている地族集団などの会議用に借り受ける場所の競合先同士による落札によって決定されたものとして、この別荘が遠野家に紹介されている次第であるから、余計な客を受け容れるとなると、とんでもない額か、それに匹敵するものが必要になる。――なるのだが、アルクェイドにそんなことを言って説得できるかというと、そんなことはありえない。土地の三坪あたりを借用する代金を渡して、木の下あたりで野宿しようとする。これが小汚いヒッチハイカーなどによるものであれば観光組合を通じて警察なりに連絡されて御用となるわけだが、「そこら辺り」は旅館にもよる。
 秋葉は「そこら辺り」を想像しただけで何らかの拒否反応によって頭痛が起きそうになったから、きっぱりと言い切った。
「そんな個人的な経済状況に関心はありません。何故、よりにもよってこの別荘を選んでいるのかということをお聞きしているんです」
「私書箱に手製の絵葉書が来たのよ」
「私書箱? そんなものをお持ちになってたのですか」
「ソロモンの薦めでねぇ。貴方様はもう少し連絡の仕様があっても良い、って。よくわからなかったから、ソロモンに全部任せたのよ。ほとんどはソロモンからのものなんだけど。えっと……ああ、これこれ。私書箱のリスト」
 手渡されようとした上質紙を見遣って、秋葉は手を引っ込めた。ざっと見ただけではあるが、最終的にアルクェイドの手に手紙が着くまでには果てしない過程があるようで、とても手に取って見る気にはなれなかった。アルクェイドは興味が無いのかと思い、リストを、テーブルの上に置いておいた、駱駝の皮製で肩掛けができる大き目の鞄にしまった。
「それで、絵葉書がどうしたんです?」
「いや、だから、その絵葉書の景色が綺麗だなぁ、と」
「綺麗だなぁ、と思ってその場所に来た、と」
「そう」
 自分としてもここの景色は悪いものではないと思う。産毛の生えた稚児の頭のような丸みを帯びた山並みは夜にも見えるし、昼間であれば物足りなさそうな灰色がかった木々の色合いまで目に映る。風が通れば某かが動き、飛び立ち、鳴き散らす。全体と個々が別のものであるような印象を与えつつ、やはり調和が取れている、山という空間。それをどのような絵に誂えたのか。秋葉は気にした。
「先ほど、手製の、と仰ってましたけど、どのようなものですか」
「ああ、見たい?」
 見たい、と返事をする前に、手渡される。その動作の素早さに呆気に取られたところで手紙を見て、更に呆気に取られた。
「本当に絵なんですね」
 葉書の裏面には、鉛筆だけで再現された、このテラスから見える風景が描かれている。実際には存在していない幾何学的な直線も多く、完璧に再現しているわけではないのに、たしかにここだとわかる、そんな絵だ。この絵自体が、住所を表しているようにも見える。なかなか面白かったので、無駄に縦にしたり横にしたりしていると、アルクェイドがくすくすとした笑いを立ててから囁いた。
「上手いよねぇ。私には絵の良し悪しがわからないけど、変に凝ってないのが良い」
「これだけでここがおわかりになられたんですか」
「うん、半分は直感だけどね。ただ、それなりに思念が入ってたから、絵に同調した分、わかりやすかったよ」
「胡散臭いですね、これ」
「ここに来い! って感じだしね」
 意味も無くこんな絵を描いて遣《よこ》すのは、定年を過ぎてから趣味を持った年寄りぐらいのものだろう。ただでさえ良い印象の少ないソロモンであるから、余計に意味深に思える秋葉だった。葉書を表にしてみると、消印はここ一週間のものであった。消印自体はアメリカのものであるらしいから、アルクェイドの手に渡ったのは三日ぐらい前だろうか。まるで秋葉たちがここに来るのを見越していたかのようなタイミングである。それだけの念の入りようであるから、アルクェイドが秋葉にこの絵葉書を見せることも予想済みなのだろう。秋葉は再び裏面の絵に目を向けた。
「何でこの風景を描けたのか、というのも気になります。来たことがあるようには思えません」
「あいつならそれぐらい簡単だよ。変に根回しするのが好きなんじゃない? 昔からそうだったし。でも、昔から、火の無いところでわざわざ煙をあげたりはしないから、そこらへんは安心して良いと思う」
「火の無いところでは煙はあがりませんよ」
「それはほら、自分で火を熾《おこ》すんだってば」
「ああ、つまり、面倒くさいんですね」
「わかってるじゃないの」
 面倒くさがりの策士というのも珍しいが、その策にわざわざ乗る者はもっと珍しいだろう。化け物は、化けて出ないときはこうして暇を潰しているのだろうか。そんなこともないのだろう。彼らは本当に珍しいのだ。秋葉は丁重に絵葉書をアルクェイドに返すと、絵葉書を見ている間に垂れ下がった髪の毛を後ろに回した。
「これ以上はお聞きしませんが、一応、他の親族の手前もありますから、貴方は私が呼んだということにしておきます。それなら、変な目で見られることも無いでしょう」
 アルクェイドは、そんなのは別にどっちでもいいと思っていたのだが、面倒が起きないのならそれに越したこともないだろうとも思い、ただ秋葉の言葉に頷いた。
「私たちの間ではそれで良いとして」
「問題は……」
 二人とも、出入り口側の壁の辺りを気にする。そこには、ここに足を運んだ三人中三人が気にしないよう努めていた人物が。
「姉ちゃん、姉ちゃん!」
 人物がいたのだが、それまでの気遣いなんのそのといった具合に、一階ロビーから階段を上ってすぐにあるテラスへ、飛ぶように段を乗り越えた男性が、叫びながら、転がるように入ってきた。というか、実際、転がった。百八十センチ強ほどある背の所為で、テラスの入り口にある梁にしこたま頭を打ち付けたからだった。アルクェイドはともかく秋葉が呆気に取られている傍らで、額を押さえながらのそりと膝で立ち上がった男性は、伸ばした片手を所在なさげにゆらゆらさせて、何かを探している風だった。
「頭、大丈夫?」
「は、はあ、頭は大丈夫なんですが、か、鍵が、早く姉ちゃんに……うわあ」
 手を差し伸べたアルクェイドを男性が視界に納めた途端に、彼はまたもや尻餅をついてしまった。
「化け物を見たみたいに驚かないでよ。失礼ね」
 化け物だろう、とやり取りを見ていた秋葉が心の中で毒づく。もっとも、自分のように慣れている者ならともかくとして、夜中にあの女を真正面から見て、正気でいられる人物がいるのだろうか。そうは思ってみても、うわあなんて台詞は間抜けに過ぎる。色々と気になることはあるものの、秋葉はすっかり気を抜かれて、アルクェイドが座っていたのとは別の椅子に腰掛けてしまった。
「その姉ちゃんって、あの壁際で気持ちよさそうに寝てる人のことだよね」
「ええ、そうです、そう。何を隠そう私の姉に相違ございません、はい」
「あの人なら、私に鍵を渡してここまで案内してから、ずっとああしてたから、問題無いんじゃない?」
「鍵、鍵ですって? 鍵とおっしゃった、今、鍵と」
 見たところまだ若いだろうに、随分とおかしな喋り方をして可哀想だなあという、それこそあんまりな感想をアルクェイドは抱きつつ、スカートのポケットに突っ込んでおいた件の鍵を取り出した。
「ほら、鍵」
「ああ、鍵だ。無くなった客室の鍵だ」
 その鍵は見た目こそ簡単そうだが、磁気を帯びている類の立派な作りのものだ。それだけの鍵を全室――遠野の主要な係累がぎりぎりで収まったことから考えてしめて二十室――揃えているのだから、鍵の管理も山の中のわりにはしっかりしているのだろう。それが無くなったということになれば、大げさ過ぎる感はあるとはいえ、慌てるのも道理か。秋葉は得心がいったようで、腕を組みなおした。一方、鍵を確認した管理人姉弟の弟と思われる男性はというと、息こそ落ち着いたものの更に混乱した様子で、目の前の金髪の女性と、壁の一部と化したかのように寝入っている姉とを見比べた。
「無くなったはずの鍵を持っていたのがあなた様で、それを渡したのが姉ちゃん。ということはあなたはお客様のはずですが、私の記憶にはございません。ご予約も無かったはずです。一方、あちらの方は見紛うことありえるはずもない遠野のお嬢様。ええ、ご隠居からいただいた写真に穴があくほど覚えたお顔、忘れるはずもございません、ええ」
 ぶつぶつと芝居がかったような独り言を繰る男性を見ていたアルクェイドが苛立たしそうに声を上げた。
「なんで妹がお客として認められて、私が認められないのよ」
「ですから……ああ、つまり、姉ちゃん、いえ、失礼しました、私の姉が勝手にあなたをお客様としてお迎えになった、そういうことでございますな?」
「わかってるじゃないの」
「それは何時何分何秒のことでしょうか」
「私の時計が合ってるとすれば、午後八時三十七分」
「なるほど、たしかにその時間、私は今日の最後の仕事ということで他のお客様の部屋を見回っていた時間でございますから、姉が勝手に何かを仕出かすとしたら、その時間でしょう」
「納得した?」
 そんなわけないだろう、とそれまでのやり取りにはなんとか我慢していた秋葉がとうとう突っ込もうとしたところ、それまで半分うずくまったようにしていた男性が起立をして、こう叫んだ。
「この度は私どもの宿、『蕗』をご利用くださいましてありがとうございます。重ね重ねの失礼、お許しください!」
 秋葉は酷くなった頭痛を我慢しながら、夕食が食べたいだのわかりましただの私も食べると起き上がった壁だのから、意識を遠ざけた。心配になった翡翠が迎えに来たとき、秋葉はただ「あの呆け爺」と呟いた。


「秀ちゃん、お皿はどれを使うんだ?」
「姉ちゃんは割った皿の心配してろよ」
「まだ昼にやったことなんか気にしてるし」
「なんで棺おけを送り出すわけでもないのに五枚も皿を割らなきゃならないんだよ。おかげで今晩のお皿、足りるかどうか怪しかったんだからな」
「それはさっき聞いたってば」
「いや、聞いてないね。心の耳で聞いてないね」
 テラスを退けてから二十分。アルクェイドは供された緑茶を飲みながら、姉と弟の賑々しい会話を聞きつつ、料理の完成を厨房の脇にある五人ほどが座れる卓で待っていた。卓自体は広くても椅子は三つしかなく、その内の一つはアルクェイドが厨房の脇で見つけてきたものであるから、普段、この卓はこの姉弟以外が使うことはないのだろう。そんなに凝ったものを作っているようには傍からは見えないのだが、その割りに時間を食っているのは間違いなく姉の所為だ。弟が秀也と何か期待を込められた名前のわりに、姉のそれがこの宿と同じ蕗というものであるのは、この姉の性格に両親が某かの不安を覚えたからなのかもしれない。この蕗、女性だてらに作務衣を着こなしている癖に動きにきびきびしたところがなく、小奇麗で真っ黒な前掛けをしていなければ、陶芸家の使えない弟子にでも見られるような印象である。
 一方、先ほど頭を梁に打ち付けた弟は、それが嘘に思えるくらいに動きにそつが無く、片手でスープの火力を調整しながら片手でフライパンの上の炒め物を焦がさないように宙で返している。ただ、味付けだけは何やら蕗が神妙な顔で確認しているから、変な約束事でもあるのかもしれない。見ようによっては、ただ摘み食いをしているようでもある。
「うん、これなら問題ないでしょ。大分、あっちの味付けに慣れたみたいだね」
「だってあの人、怒らせたら怖そうだしな」
「そうだね。それじゃ、私は呼びに行ってくるよ」
 そんなやり取りの後、とことことした足運びで、蕗が台所を出て行った。秀也はというと、ガスの火を止めてから、先ほどアルクェイドが椅子を引っ張り出してきた所からもう一脚、椅子を持ってくる。
「他に誰か来るの?」
 秀也が持ってきた椅子の埃を拭いてから自分の椅子に座るのを待って、アルクェイドが問う。秀也は自分の分の湯飲みに注ごうと急須に伸ばした手を止めて、答えた。生真面目な性質なのだろう。
「六、七年ほど前からのお得意さんですよ。一年に一度か二度、季節を選ばずにふらっと来る外人さんでしてね。今回も、昨日に到着した早々『時差ボケを直すからしばらく起こすな』と言ったぎり部屋に篭って眠っちゃったようでして、まあ、毎度のことですし、こちらも勝手がわかってますから、頃合を見て食事のために起こすんです」
「困った客だね」
 アルクェイドの膝の上に乗っていたレンは、よく言う、と毒づいた。レンもレンで志貴以外のご主人様に引っ張りまわされていると自覚してからは、このように結構な心持でアルクェイドを見るようになっている。それに気づいたのか、アルクェイドがレンに目を落とすと、レンはさっと地面に降りて、二階への階段目掛けて走り去った。
「そんなこと言ったらバチがあたりますよ。なんせ、今度はいつ来れるかもわからないのに、二ヵ月は泊まってお釣りが出る金額を払って、『また来る』と言い残し帰って行くんです。私なんて惚れちゃいそうですよ。それで、鍵を現在のものに換えるよう言ったのも、その経費を負担したのも全部その人でして、それで先ほどはアルクェイドさんに醜態を晒したい次第です、はい」
 余計な維持費までその客に気にされては面目が立たないからだろう、鍵の管理に気を遣っている。ああいった鍵は合鍵を作るだけで結構な額になるし、ここまで出張してくる分、料金も高くなる。決して、気を遣い過ぎているということにはならない。
「もしかして、開かずの間にいるのってその人?」
「開かずの間?」
 ようやくお茶を注いで喉を潤していた秀也が湯飲みを置く。聞き覚えの無い単語だったからだ。彼が推理小説を愛読するような人物であれば何らかの感慨を覚えたかもしれないが、それは無かった。
「さっき、姉に案内されたとき、私が勝手に名づけた」
「ありゃ、もしかして開けようとしたんですか? 良くありませんよ。姉は何も言わなかったんですか」
「どうせ開かないからって言ってたよ」
「そういう問題じゃないのになぁ。それにアルクェイドさんが泊まれたのも、半分はその人のおかげなんですよ。その人のと、その人のお連れさんが来たときのために用意してある部屋が、この棟にある二つの客室なんですから。世間様に見せる広告にはその部屋数は書いてないんですがね。ちなみにもう半分は姉のおかげですよ。困ったもんです」
 姉が向かった件の客の部屋があるらしい方向を見遣る目は、苦笑いを浮かべていた。それを見たアルクェイドは、思ったことを言ってみることにした。
「もしかして弟は私が泊まるのが気に入らない?」
「そりゃ最初は驚きましたけど、一度お客さんとして迎え入れたのであれば、精一杯、おもてなしさせていただきますよ。まあ、そうですね、今のは最初で最後の嫌味だと思ってください。こういうのはためると良くないです」
「正直だね、弟は」
 その感想を聞いて秀也は口に含んだお茶を噛み下すように顎を動かしながら豪い顰め面をしてみせたが、それが照れ笑いの類だとわかったのはアルクェイドぐらいのものだろう。蕗あたりなら、その変な癖を治せと叱り付けるぐらいはしたかもしれない。
「ああいう姉とこんな所で一緒に暮らしてるとね、正直でもなければ頭がおかしくなるというものです。たまに山を下りて友人に会う度に言われるんですよ。お前は姉とデキてるのか、ってね。馬鹿げた話です。そういうこともあるんでしょうが、平野の人たちは人を怪しむのが好きですね。近頃、よくそう思いますよ。そんなこと考えてたら、ここじゃ暮らしていけませんよ、実際」
「でも、変な意味を抜きにすれば、姉のこと好きなんでしょ? じゃなきゃ、そうは思えないんじゃないかな」
「好きですよ。姉だからってわけじゃないんだけど、姉だからとも思える程度の付き合い方ができるっていうんでしょうかね」
 それは姉という立場を理解した上で好きに生きている人物ということなのだろう。どうとでも取れなくは無いが、嫌な気はしない評価の仕方だった。アルクェイドは緑茶の苦さの所為かどうかわからない苦笑を浮かべる。
「姉は良いなぁ。私なんて滅多に人に会わないけど、その相手がどいつもこいつも性根がねじ切れるぐらい曲がってる奴らばっかり」
「それくらい曲がってれば、逆に良い人なんじゃないですか」
「かもね。絶対に『善い人』では無いけどさ」
 秀也はその言い回しがすぐには理解できなかったが、寝床に着き、今日の出来事を思い出す段になって、漸う理解したのだった。翌日から、彼のアルクェイドに対するもてなしは、遠野側のもてなしと見比べて遜色が無いどころか、違った意味で丁重なものとなった。
「それでさ、その外人さんってどんな人?」
「そうですねぇ。直ぐに会える人のことをわざわざ説明するのもなんですけど、お綺麗な方ですよ。もちろんアルクェイドさんもお綺麗ですけど、その方は触ったら切れそうな感じの方です、はい」
「ふうん、そんな奴って結構いるもんなんだなぁ。私の知り合いにも、上司でそういう奴がいる……ああ、もう、いた、になるのか。とにかくそういう奴がいてさ」
 秀也は少しだけ考え込んだが、きっぱりと否定した。どうやら彼は本人が考え込んでいる以上に考え込んでいるように見える人物らしい。実際に喋っている事柄だけを取り出せば、随分と印象が変わってしまうことだろう。
「そんなことは無いと思いますよ。ああいう方はそうはいないでしょう」
「その通りだ、シュウヤ」
 声のした台所の入り口には、蕗と、それを従えた主人のように背筋を正して立ち、手にレンを抱えた三十過ぎぐらいの女性がいた。凍ってしまったように動きを止めて丸まっていたレンはアルクェイドを視界に納めると、彼女の胸に飛び込んだ。
「はじめまして、だったな。――真祖の悪姫《あっき》」
 その女性は左頬に縦に走った傷跡を指先で舐めるように触れた。初めて冬にここを訪れたが、夜になると疼く。彼女はそれが気温の所為だと思っていたのだが、それは違ったらしい。冷静に考えれば、この状況は良くない。目下の最終的解決に欠かせない、倒さなくてはならない相手、それが目の前にいる。そして、それはその相手も理解している。個人で敵う相手ではない。核を三発ばかり使った後、考えられる全ての呪いを使い、知りうる限りの人材の命を散らせ、V型ロケットほどの大きさの杭を突き刺し、周りの無数の遺骸ごと溶岩で埋め立ててようやく一息つけるかどうか、という相手だ。
「あれ、会ったこと無かったっけ?」
 だというのに、その相手は何の気も無さそうだ。ナルバレックと畏怖を込めて呼ばれてきた女性は、嬉しそうに食卓に着いた。