日本文化なアレ
 
 
 年度末の忙しい中、私は久々に夜の街に繰り出していた。暦の上で春とはいえ、気温も人の心もまだ春とは言い難い。年度末といえば、今年度までの売上やこれからの仕事の先行きなどの不安ばかりが、心の中でどぎつい彩色を誇らせる。
 そんな風に考えながら街を歩いていると、やはりそういった心中を顔に出している人たちばかりがすれ違っていくことに気づく。
 それと同時に、まだ幸せな国である、という、まだ幸せでない国を見てきた私らしい考えが苦い成分を心に含ませる。
 とある国では、こんなことがあった。異端審問官とはいえ、普段は一般的なカソックを着ていたから(日本では却って目立ってしまうので、一般人と同じ格好をしている)、仕事が無いなどそのような問題以前に、食うことに困る人に社交辞令的に1枚ほどの硬貨をせがまれた。その頃の私は、結構冷めていたように思う。それぞれの国で、それぞれの人が、それぞれの環境に従っているだけだ、としか思っていなかった。
 そもそも、人に関心を寄せ続けていられる程の余裕が無かった。
 その時の私は、どうしたかというと、相手に同情する表情をしながら、硬貨を恵んだ。既にその用を果たさないほどにくたびれた帽子に…。
 
 そう考えてみれば、今の私には余裕があるということだろうか。疑問に思うのも馬鹿馬鹿しい。あるに決まっているではないか。
 その余裕を掴むチャンスを与えてくれた人たちと、これからカラオケ屋で落ち合うのだから。
 
 四時間後、美咲町風俗街の片隅にあるカラオケ店の一室には、入店して三時間も経ち、宴の熱気も冷めはじめている四人の男女が、それでも最後のスパートとばかりに、横隔膜と喉に負担を与え続けていた。
 部屋は6畳ぐらいの広さで、出入り口のドアに近い所から順に、シエル、遠野志貴、その妹の秋葉。そして、一番奥の特等席に志貴の親友である乾(イヌイ)有彦がそれぞれソファに座っていた。
 有彦が、尋常でない声量とタフさを披露しながらも、最後の締めだという意味で全員に話す。
「それぞれがあと一度ずつ歌ったら、お開きにするぞ」
折角に夜から朝までの割引パックで部屋を取ったのだから、本人はもう少し遊んでいたかったのだが、女性陣はもとより、志貴までもが疲れをちらほら見せ始めていたから、彼としても我が侭に振るう気は失せていた。
 最後、とわかると、折角だからというわけで、それぞれが入魂の決め歌を選び始める。
「そうだな、順番は俺から順に、秋葉ちゃん、遠野、シエル先輩っていう風に席順でいくぞ」
有彦も付き合いが広いため、こういう仕切りはお手の物で、歌い始めてからこっち、仕切り屋精神をおろそかにしていない。そもそも、今回のような企画も、彼が志貴に持ちかけ、志貴が、それじゃぁとばかりに、恋人であるシエルと普段何かと心労を与えている妹を誘う、というような過程があって、成立している。
 シエルはともかくとして、秋葉はこういった集まりは全寮制の半監禁状態の高校に通っていたから、大学生になったにも関わらず苦手で、最初の頃は渋っていた。
 それでも、最近は一ヶ月に一、二度あるかなしの集まりの誘いに、以前のように渋らずに参加するようになったから、兄の志貴としても喜ばしかったし、彼以上に彼女は内面的な充実感を感じていた。
 ちなみに、今回この集まりが実は記念すべき第20回目である。
 その秋葉が、隣の席の兄に向かって曲目表を見ながら話し掛ける。有彦に最初話し掛けようとしていたが、既に曲がかかりはじめそうだったのでスタンバイしていたために、遠慮した。
「兄さんはもうお決まりになりましたか?私はもう曲の予約を入れましたけど」
「ん〜、ま、ラストだしなぁ…よし、決めた」
そういって、ポチポチと片手に持っていたリモコンで、機械に番号を入力した。曲名が本来なら画面上部端に表示されるのだが、有彦の、事前に曲がわかったらつまらん、という提案で、カラーテープを表示部分に貼って見えないようにしている。わざわざ、はがし易いタイプのものを持参するあたりが、彼の店側への配慮である。
「それにしても、秋葉…」
「なんです、兄さん」
ロングの髪を手で背中に避けながら、志貴に応対する秋葉。
「俺の隣で眼鏡を光らせている人物が何を選曲したかが気になって仕方がないんだが…」
自分の眼鏡を手で押し上げながら、不安というか期待というか、とにかく隣の人物に気をやっている。
「シエルさんですか…たしかに、乾さんが締めの提案をしてから、一言も喋っていませんわね」
「実はな、さっき話してたときに『今日はとっておきの曲を用意してあるんですよ』なんてことを、語尾に音符マークが付きそうな風に言ってたんだよ。それらしいのがまだ歌われていないことを考えると、それだと思うんだ」
実際、シエル以外の三人が選曲し終わった後、彼女はものすごい速度で番号を入力していた。曲目表を確認した風も無かったので、事前に一人で来て練習していた可能性もある。
「これは、期待していいんだろうか…なぁ?」
妹に向かって苦笑いをする兄。それに大して妹も、さぁ、と言いながら苦笑いで返した。
 
「ろでぃおれでぃおおぉぉうぉううぉおうぅ、おおおおぅあっ!!!」
有彦が最高潮に必ず歌う曲を後半のサビ部分をシャウトしながら歌い、
「YESTER DAY〜」
秋葉がその知的さを裏切らない隙の無い発声で名曲を歌いきり、
「しぃいいいいしょぅぅおおおおおぅううううううおっ!!!」
下手なことを自覚している志貴がアニソンにアドリブを入れつつ歌う。
 
 そして、とうとうシエルの番が来た……。
 
 志貴と秋葉の雰囲気に気がついた有彦も合わせて三人が、その曲になんとも言い難い期待を寄せる。
 最後ということで、今までは座りつつ歌っていたシエルが、部屋奥の小さなステージに上がり、こほんと咳払いをしてから、前置きを話し始めた。
「え〜、最後の締めという重要な役をもらい、私シエルは、その期待に添えますよう、歌わせてぇ〜いただきます」
都合良く解釈しているのか、自分に酔っている感すらもある。
「頑張れぇ〜、シエルぅう!」
なんだかんだ言いつつ、最後にはシエルを応援している志貴を見やりながら、有彦と秋葉が呟く。
「「…この裏切り者が」」
 
 曲名がバンと画面に大きく表示される。そのタイトルは…
 
 
 日本印度化計画
 
 
「「「はっ?」」」
有彦と秋葉は当然のこと、応援していた志貴も疑問符が口を突いて出ていた。
 肝心の曲の方はというと、初っ端から「私はカレーが好きだぁ〜」とか、歌詞の部分では一人称が「俺」になっているものを、「私」に変えるなどしていて、思い入れの程が伺える。
 そして、極めつけはサビ…
 
「日本を印度にしてしまえぇぇぇぇええええぃえええっ!!!」
 
 サビが終わったら終わったで、
「吉祥寺でサリーの女がタクシーをヨガのポーズで止めたのさぁ!」
などなど、思わず突っ込みを入れてしまうような歌詞が目白押しである。
 
 シエルはというと、顔にシワを寄せ、眼鏡がずれるのも気にしない風に、マイクを指先で強く握り、後半は腹に手を当てながら、喉から音声というか音波というか、そういったものを搾り出している。
 歌い終わった後の彼女の表情は、無条件で拍手を送りたいものであった。尤も、歌詞の内容と差し引きすると、マイナスであるが。
 彼女以外の全員が複雑な表情をしつつ、シエルの歌になのだか、この集まりのお開きの記念になのだか、とにかく拍手をしていた。
 こういう盛り上がり方をすると、冷めた後がかなり白けるので、有彦は早々に提案通りジュースの伝票やらなんやらを持って会計へと向かい、残りのメンバーも荷物をまとめ、外に出たのであった。
 
 
 カラオケ屋がある風俗街の外れから繁華街に出て腕時計を確認すると、既に午前四時になろうかとしていた。隣の方を見ると、志貴と秋葉さんがこれからどうするかについて話していた。
「秋葉ぁ、今日は大学の寮に帰らなくて良いんだろ」
「はい、久々に琥珀達をこき使って楽できますわ」
「ははは、俺からすれば、大学生なんて年がら年中は気楽だよ」
「あら、そこらへんの大学と一緒にしないでほしいですわね」
兄妹らしい会話、とでも言えばいいのだろうか?私にはそういった人はいなかったので、そういう推理を働かせながら二人の様子を見たりすることがある。
 琥珀さんといえば、秋葉さんが大学の寮に行ったり、志貴が仕事に出るようになったりで日中暇になったので、去年の七月頃に普通免許をとったのが記憶に残っている。その妹の翡翠さんはというと、掃除の技術を磨きたい、と、使用人の鏡のようなことを秋葉さんに相談していたことがあって、実際、年が変わる前にはそのためにどこぞに出かけていたようだ。
 そこで、見ていた反対の方向から声をかけられた。乾君だ。
「シエル先輩はこれからどうするんです、なんなら二次会でも一緒にどうっすか?」
「これから二次会なんてやったら、朝になっちゃいますよ。いえ、今日は楽しく疲れたので、嫌な疲れになる前に帰って寝ます」
「相変わらず理屈っぽいですねぇ、先輩は」
そんな冗談を口にしつつ、不夜城精神の旺盛な乾君は、携帯で友人の方に連絡をとりはじめました。まだ、この人は遊び足りないということですね。この時間から付き合わされる友人の方、ご愁傷様です。
 再び志貴達の方に顔を向けると、どうやら話がまとまったようであることがわかった。
「とりあえず、途中まではシエルを送って、んで、そこからは家に帰る。こんなところだな」
「はい、私はそれで結構ですわよ」
そこで、なぁ、とこちらに志貴が話題を振ってくる。
「シエルもそれで良いかい?」
「ええ、もちろん」
話もまとまったところで、さて、出発というところで、乾君が慌てて携帯を切って走り酔ってきた。
「おい、俺を置いていく気か?」
志貴がそれを返す。
「あん?お前はこれからお友達と朝まで遊んで、どこぞの牛丼屋当たりで落ち着いたところで、家に帰って一子姐さんに『専門学生風情が朝まで遊んでくるんじゃねぇ』と言われて、腹を立てながら寂しい一人用ベッドで不貞寝するんだろ?」
「遠野……俺はお前に推理しきれるほど甘い人間じゃねぇぜ」
「あれ、違ったか?」
「違ってねぇから負け惜しみ言ってるんだよ」
乾君が軽く握った拳で志貴の頭をコツンと叩く。いや、ガツン、といった方がいいでしょうか。志貴が衝撃で落ちそうになった眼鏡を慌てて整える。
「っ痛ぅ…」
「じゃ、俺は行くんで。シエル先輩も、秋葉ちゃんもお疲れ様、またな」
志貴が反撃しようとしたのを見て取った、というより予測していた乾君が走り去っていった。
「乾さんも相変わらずですわね」
秋葉さんが私に振ってくる。
「だからこそ、志貴の親友なんでしょうけどねぇ」
「まったくですわね」
二人で苦笑いを交し合っていると、志貴が気づいたらしい。軽く鼻で笑うと、そのまま歩き出した。
 私は秋葉さんと一緒に、その後を付いていった。
 
 私のアパートまであと一キロというところまで来た。繁華街から歩いて三キロあるかなしであるから、さほど歩いているわけではないにしても、それに比べて時間がかかったように感じるのは、疲れの中に沈む直前に水面に浮かんでいる一瞬を長く感じているとでも例えるべきだろうか。
 人間の感情によって時間の感じ方が相対的に変化するのは、主の行為の大多数である善行であるのか、それとも数少ない悪行なのであろうか。少なくとも、私にとっては前者であるのは、確かだと言える。
 私にとって、その相対速度に変化を与える役目をいつも担うのは、今隣に歩いている彼であることは、惚気と取られてもいたしかたないことかもしれない。実際、理屈っぽく考えてるのには、惚気を表情に出さないようにしているためでもある。
 その彼が、それに気づいたのであろうか、声をかけてくる。
「シエルはこれから帰って寝るだけか?」
「ええ、そのつもりです。お休みをもらっているとはいえ、昼頃に一度、教会の方の保育園の方に顔を出したいですから」
「あ〜、そうか、そういえば近いうちに、保育園の方でお花見するとかいってたな。その準備か」
私は肯定の意味で口元をほころばせた。
 保育園に日中預けられる子どもというのは、親御さんが忙しい場合が多く、花見をすることができない。だから、そういった大勢で集まって何かをする行事というのは、欠かさず行なう。幼稚園などではカリキュラムの関係上こういったことはなかなかできないので、その点では、子ども達は幸せといえる。
 幸せというのは、どこかどこかで調整されて、満遍なく行き渡るものでなくてはならない、という考えが私にはある。だが、実際はなかなかそうはいかない。そうはいかないことそうはいくようにするのが社会的にも道義的にも人間の務めでもあり、性(さが)であると感じるようになったのは、こういった仕事を通してでもあるし、かつての特異な経験によるものだといえる。
「それがなにか…?」
私がそう言うと、秋葉さんの歩く速さと故意に遅れるようにしてから、彼が顔を私の耳元に近づけてきた。
「鍵、開けておいてもらえるかな」
「えっ…」
その意味は直ぐに解せる。私の口から疑問の言葉が押し出たのは、彼が来れるわけが無いという考えが頭の中で強いためだ。
 私の反応を見て取った彼が、携帯電話を懐から取り出し、どこかに電話をかけ始めた。
「……あ、琥珀さん?そうそう、うん、志貴です」
どうやら遠野の屋敷に電話をかけたらしい。使用人姉妹の姉の方、つまりは琥珀さんが電話に出たようだ。
「で、だね。秋葉のことなんだけど…そう、頼むよ」
普通の会話に聞こえるが、電話口から、あはは〜、という琥珀さんが上機嫌のときに出す軽快な笑い声が聞こえる。この声には、つい警戒してしまうのは、私だけではないだろう。なにより、彼が彼女に頼みごとをするときというのは、組織の幹部が殺し屋に仕事を頼む場合に等しい。いくらなんでも例えが極端だという意見は、彼女を知らないが故でしょうから、不問に伏します。
 彼が電話を切ったあたりで、秋葉さんが私たちが遅れていることに気づき、振り向いて声をかけてきた。
 気がついてみれば、今いる軽い坂を登りきって、下れば、私のアパートがあるという地点まで来ていた。つまり、坂の上からアパートが目に入るのだ。それを見ると、ああ、帰ってきたんだなぁ、という感慨が起こるのは、寂しさはあれど、嫌なものではない。
 ちょうど満月が傾き始めて、坂の頂上の少し前でこちらに振り返っている秋葉さんをバックから照らしている。
 と、なにやら、フィィィィィイイイイン、という、風を吸い込むような低い音が聞こえてきた…。方向から察するに、坂の向こうからだ。そしてエンジン音が聞こえてきたので、車だと確信する。今流行りのターボのようですね。
「…シエル、ちょっと失礼するよ」
「は、はい?」
私の返事を聞く前には、私の手を取って、道の端に二人で寄った。
「……来る!」
秋葉さんが臨戦体勢を整える。その前に先ず避けろよ、と言いたいが、何故か今、志貴に口を手でふさがれているので、それもできない。
 そして、満月をバックに紅いクーパーが坂の上に踊り出た。普通、クーパーにターボはつけない。そんな金の無駄遣いをするのは、ここらへんでは例えば遠野の屋敷の人間でしょうね。
「あはははは〜!秋葉さま、お迎えにあがりましたぁ!」
…ビンゴ。上空で未だ着地せずに(それほど飛び上がっている)いる車の運転席のハンドルを握っているのは、噂の遠野のお屋敷お抱え使用人姉妹が姉、琥珀さんだった。
 クーパーの影が長いことに気がつく。そして、その影の元を確認してみると、それはサンルーフから体を車内から上に出している人のものであることがわかる。
「……」
無言のまま何やら構えているのは、よく見れば翡翠さんだ…さらによく見れば、構えているのはコルトパイソン。女性には不向きな銃だ…ってそういう問題じゃない。
 
 今、得心しました。
 紅いクーパー、コルトパイソン、掃除……アンタは「街の狩人」か。
 
 この間、約一秒。全員が人の輪からはみ出たような経験を有しているだけに、時間の流れが遅く感じるほどである。
 秋葉さんが能力である檻髪(おりがみ)を真っ黒な髪の毛を真紅に染めて発動する。
 クーパーの車体表面がまるで冗談のように解体を始める。
「翡翠ちゃん、長くは保たないわよ!」
「わかってるわ、姉さん」
車の機関部が露わになったところで、翡翠さんの銃身の動きが止まる。そして瞬時に弾丸が発射される。
「ふん、甘いわ!銃弾一発ぐらいの熱なんて、直ぐに奪えるんだから!!」
 
そう、銃弾一発なら
 
 刹那、銃弾が弾ける。なんと、弾頭部分から時差式で内部から弾が飛び出たのだ。
「多弾頭?軍隊でもあるまいし!!」
軍隊でもそんな弾は使いません。
「秋葉さま…私の勝ちです」
翡翠さんの言葉通り、勝負はついた。なんとか半分近くは熱を奪いきって消滅させることに成功したのだが、基本的に秋葉さんの能力は、対象を目で見る必要がありますから、化け物並の反応速度を以ってしても、その全てを捉えきることなどは不可能でした。
 残った弾丸が秋葉さんの体にヒットすると、途端に秋葉さんが倒れます。血が出ていないので、麻酔弾でしょうか。
 着地したクーパーのルーフから上半身を出し、リボルバーから薬莢を落とす。その数は一発きり。正にワンチャンスにかける掃除屋らしい仕事だ。格好がメイド姿なのがアレですが。
「秋葉さま、銃弾を発射したときに既に貴方は私に負けていたんです。なぜなら、麻酔を入れた銃弾を当てることよりも、その熱を奪われる過程で、麻酔を取り込んだもらった方が効果的だからです。どっちにしろ、貴方は負けていたんですよ」
完璧な作戦だ。二つの選択肢があった場合、そのどちらかが当たりで、どちらかが間違いだと考えてしまうが、その心理をついた見事な作戦だ。
 正解は、どちらも外れ、なのだから。
 
 一仕事終えた琥珀さんは、パトカーの音を聞き取ると、ものすごい速度で秋葉さんを車内に放り込み、翡翠さんと共に去っていきました。もちろん、ターボを利かせるために凄い加速で。ターボ車で加速を渋ると、燃費食いますからね。
 …こういった状況に慣れてくると、ついそれが当然のような思考をしてしまうのが問題ですか。
 パトカーが現場に到着したとき、私と志貴は、既に私のアパートの部屋の中にいた。
「いやぁ、本当なら、一旦帰ってから来る必要があると思って、シエルに鍵あけておいて、って言ったんだけど、その必要が無いんだもんなぁ。流石はヒスコハ姉妹」
緑茶を啜りながら感心したように話す彼。
「けど大丈夫なんですか、あんなことして…秋葉さんのことですから、根に持ちますよ」
彼女でなくても根に持つであろうが。
「ああ、大丈夫。翡翠は催眠術とか刷り込みとかの精神操作が得意だから。麻酔が切れるか切れないかでぼ〜っとしている状態の秋葉だったら、楽勝で記憶の操作ができるよ」
「怖いことをさらっと言いますね…」
私が呆れていると、彼が半ば真面目な態度で仕切りなおしてくる。
「優しさだけじゃ愛は守りきれない、ってな」
「なんですか、それ」
「俺の好きな歌の歌詞」
私が余計呆れたのを見て取って、彼が楽しそうにお茶を飲む。まぁ、こういうところが嫌いじゃないんですが。
「ちょっと早いですけど、朝御飯食べますか?」
「あ、もう六時か、うん、もらうよ」
「カレー、ですよ♪」
「…日本が印度じゃなくて良かった」
「なんですか、それ」
「ここ以外ではカレーを食べる必要が無くて助かった、って意味」
そう言って笑っている彼を見ていると、細かいことなんて気にならなくなるから不思議です。
 
 
 さて、今の私なら、物乞いが恵みを求めてきたらどうするでしょうか。そうですね、祈ってあげますね。自己満足できるようになっただけでも、私は進歩したと思います。
 今日歌った「日本印度化計画」が良い証左ですね。
 
 さて、カレーを温めないと。
 
 
初稿 2002年3月19日
 
 
 後書き
 
 あ〜、後書き書くのも久々ですね。冒頭を読んでシリアスを期待した人、すいません。基本的に、「これはシリアスだぁ!」と宣言したもの以外は、シリアスではありません。シリアスの部分がギャグの場合も同じです。
 連載中の解けない糸の連載を再び始動するために、景気づけに今回のようなものを書いた次第です。
 皆さんの中にも、カラオケで「なんじゃぁこりゃぁ!」な選曲に遭遇した方はいるはずです。そんな方々に、「そうそう、よくあるよくある」などと思っていただけたら、この作品は成功です。
 
 それでは、またの機会に、或いは掲示板でお会いしましょう。

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