第十幕「Line Of War In Poeni」
 
 アルクェイド・ブリュンスタッドが使い魔であるレンと共に空間転移を行いイタリアに現れたときのテーマソングは四面楚歌がぴったりであった。
「また随分といかついのが揃ったものね」
アルクェイドはこれといって驚いた様子も無く、フットボールの対戦チームでも見定めるようにして周囲を睥睨した。本来ならばローマ市からすぐの平原に出現するはずであったのだが、どうやら何者かに引き寄せられたようだ。この月明かりとはいえ、街の明かりがどこにも見えないのはおかしい。
 幾百年も前の戦場を思わせるような格好をしている周囲の人間達の姿を解説しようか。 手には槍。振り回すには適さないそれは、集団で相手に向かう際には相打ちを防ぐ役割を果たすのだろう。
 顔にはフルフェイスの鉄兜。前面の視界だけが開かれたそれは、盲目的に相手に突撃することを義務付けられた彼らにはお似合いだ。
 上半身には鎖で繋がれた鉄鎧。自分の汚い臓物を撒き散らさないようにとの配慮からだろうか。そこに溜まる血はBeelzebubの同胞の子ども達を喜ばせるに十分だろう。
 下半身には鉄製の具足。恐怖で震える足を見せまいとする心意気や賞賛に値する。
 
 機動戦を仕掛けてくるとは思えない。ただの力押しであろうか。陣形は俯瞰すると十字型の中心にアルクェイドがおり、そこから伸びる四つの線に密集体系で重装歩兵が配置されている。
「死ぬ気ね、こいつら」
「正解です」
アルクェイドが呟いた言葉はそのまま誰に聞かれることもなく消えるはずだったが、誰かがそれに返答した。
「真上とはね……随分と隙だらけじゃなくて?」
アルクェイドが宙を見上げると、そこには紺地に細いストライブ状の線をあしらったスーツを着込んだ男が浮いていた。
「本当にそう思ってます?貴方ほどのお方ならどのような状況に自分が置かれているかわかるはずですけど」
そう言った彼は自分の足元を叩いた。コンコンという、空中とは思えない音がする。そう、彼は浮いているのではない。半球上に形成された固有結界の上に立っているのだ。
「それが貴方の能力かしら」
「そう、私には戦闘能力はありませんが、戦闘の行われる空間を限定させる能力があります。この中で行われる事象は全て私の脳に直に情報として入ってくるのです。正に、生まれながらの戦場デザイナーとでも申しましょうか」
彼はそう言うが、この能力は生まれながらのものではない。厳格すぎた父親とドラッグでイカれた母親に頭、手、足、果てはペニスやケツの穴までも虐待された結果、精神が空間を限定化する能力が備わる地盤が出来上がったためだ。
 その後、成長した彼は近所の子ども達を影でくびり殺し、遂に父親と母親を殺害した後に姿を消した。いや、消されたのだ。死徒の一人が趣味の一環として彼を保護し、能力を開花させ、ようやく現在の彼の能力が形成されるに至る。
「貴方、埋葬機関なの?」
アルクェイドの質問に男は首を振った。
「私はコンスタンティヌス騎士修道会の者です。スポンサーの方から、貴方と私の部下達の戦いを是非見たいという要望がありまして、貴方が転移してくるのを察知し、こうして出迎えた次第です」
テンプル騎士団に代表される騎士修道会が尊ばれて久しいが、それにより、ただの騎士マニアの団体も多く結成された。多くは取るに足らない一般人の団体なのだが、彼らは団体というより、秘密結社と言ったほうがいいだろう。その構成メンバーのほとんどが軍隊出や犯罪者であり、擬似的なゲームを楽しみたい道楽者のスポンサーの下、日々戦争ごっこで人を殺している。
「申し遅れました。私、こういうものです」
彼が指先を鳴らすと、アルクェイドの頭上から小さな紙が落ちてきた。それをアルクェイドが引っつかむと、それは名刺であることがわかった。
 
 コンスタンティヌス騎士修道会副会長 エドワード・ゲイシー
 
 書かれた内容を読んだアルクェイドは思わず吹き出した。
「貴方みたいなのの更に上がいるの!?馬鹿みたい」
「馬鹿にするのは結構ですがね、それはこの状況を打開してからお願いします。カメラのレンタル料もなかなか馬鹿にならないですから、お早めに」
わざわざ秘密裏に打ち上げられた監視衛星は高精度でこの擬似戦場を撮影し、更に周りにカメラを持った者たちがちょこまかと動き回っていることすら、アルクェイドには手にとるようにわかった。
「それじゃ、始めましょうか。私もあまりのんびりしてられないの」
「では……」
大袈裟な仕掛けを使うかと思いきや、彼が腕を振り下ろすだけで兵隊が動き出した。肩透かしを食らったアルクェイドは少々残念そうである。
「まったく、くだらない」
彼女は四方から等速度で迫ってくる兵隊の一隊に向かって突っ込んだ。同時に相手にしていたのでは確実に囲みを狭められる。空間が限定されているということは、真祖のエネルギー源である世界の恵みを半無制限に取り込むことはできないということだ。時間との勝負だった。
「最後にあいつに一発かますぐらいの力は取っておきたいものね」
彼女の首に人間の姿のまま背負われたレンがこくりと頷く。アルクェイドにとってはレンは猫の姿のままの方が動きやすいのだろうが「最近のお気に入りのポーズ」らしく、この非常事態においてもそれが遵守されている。
 あまり能力を使うと消耗が激しいので、肉体運動のみで相手に打撃を叩き込む。本来ならばその手に触れた時点で霧散するほどの衝撃である。にも関わらず、重装歩兵は歩みを止めなかった。
「な、なんで!?」
斜め後方に飛んだアルクェイドは伸ばされた槍の先端をいなしながら、たじろぐ。そうして、ようやく気づいた。アルクェイドが叩き込んだ鎧の部位が焦げ付き、どす黒い模様を浮かべている。
 鉄鋼術式。シエルの黒鍵にも使われている鉄鋼作用の応用版とでも言うべき代物である。最大の特徴はあらゆる打撃のエネルギーを全て熱に変換するというもので、要するに打撃に関しては無敵といっていい。最大の問題点は、打撃以外の、いわゆる能力や術と呼ばれる代物に対しては、熱エネルギーに変換するべき対象が変わり、全く別のエネルギーに変換され、時には中から爆発し、時に凍結するという点である。そうなると結局、打撃と術や能力のやり取りで行われる実戦においては全く役に立たない。
 立たないのではあるが、ゲイシーの能力がその欠点を帳消しにする。術や能力というのは、周りの空間からマテリアルを収拾、あるいは変換させることによって起こすことができる事象の総称である。
 閉じられたこの空間の中では、それをするには限界がすぐに見え、あまつさえこの数が相手では一々潰していくわけにもいかない。
「ほらほら、早く倒さないと」
「うるさいわね!」
なんとか同じ部位を攻撃することによって鉄鋼術式の効果を削ぎ、中の肉体を貫いて臓物を掴みながら燃やすこと十数回。フルフェイスの兜の目の穴から黒い煙が噴出し、甘苦い匂いが空間内に立ち込め始め、アルクェイドに汗が浮かび始めた。
「ちっ!」
舌を鳴らして跳躍する。彼女が先ほどまでいた場所に、十字方向から殺到した兵士達が槍を突き立てていた。その様子を跳躍した際に俯瞰することができた彼女は、この状況を打開する最後の賭けをする機会が到来したことを知った。
 アルクェイドが兵士が固まった中心部から遠く離れた位置に着地する。兵士達は慌てて彼女の着地した方向に向かおうとするが、長い槍や嵩張った鎧が邪魔になり、それぞれがそれぞれの動きを束縛し、思うようにいかない。
 
 そこに、アルクェイドが渾身の一撃を放った。
「な、何だと!?火など出るわけが……!!」
ある兵士と兵士の間に炎が発生し、彼らを包み込んだ。後は面白いくらいに簡単に連鎖が起こり、鉄鋼術式により中の肉体は想像もつかない化学変化を受け、あるものは切り刻まれ、あるものは潰れ、あるものは鎧のあらゆる繋ぎ目から血を噴出した。
「貴方、馬鹿ね。ここが昔なんだったのかぐらい調べておきなさいよ。ま、私も今気づいたんだけど」
アルクェイドが掌で炎を立ち上らせる。それを見たゲイシーが答えを導き出した。
「メタン……そうか、戦場!!」
かつて民族間の激戦が行われたそこには、大量の死体が埋まり、それに含まれた発火性を持つマテリアルが地中に様々な形で分解され、それを抽出し結合した結果生まれたのが、アルクェイドの掌から立ち上っているメタンであり、それが炎を燃やしつづけている。
「最初の兵士に凄い力入れて殴ったのは、鉄鋼術式の効果で膨大な熱量を発生させるためよ。あとはメタンを地面から立ち上らせるだけってわけ」
アルクェイドの勝ち誇った表情を見たゲイシーが、周りのカメラマンに撤退を告げる号令を出すと、彼らは一斉に姿を消した。
「貴方は勝ったことを私に自慢しているようですが、私にとっては別に勝ち負けは関係無いのですよ。ショーを如何に面白いものにするかだけが私には大事でして。おかげで良い絵が取れました」
「口が減らないわね。私はそういう奴をもう一人知っているけれど、貴方みたいに誇りも何も無い奴と一緒にするには勿体無いかも」
片刃と呼ばれる男を思い出し、口を歪ませる。背中から降りたレンは、立ち込める腐臭から鼻を守りながらアルクェイドを見つめ、誰を思い出しているのか想像していた。
「そうですか。まぁ、またお会いすることになると思いますよ。なんせ貴方は、対戦カードとしては究極のものですから。それでは、ごきげんよう。ミス・ブリュンスタッド」
彼がタップすると、展開されていた固有結界がガラスが割れたときのような音を発てて弾ける。音が空気を震わせたときには、彼は既に立ち去っていた。
「英語であのキザっぷり。それに戦争マニアねぇ……間違いなくイギリス人よ、あれ」
「……アルクェイド様……そろそろ行かない?」
あはは、と屈託無くレンに笑いかけるアルクェイドに、レンは耳打ちする。「ああ、そうだった」と本当に忘れていたかのような台詞を残して、レンを抱えたアルクェイドはステップを踏むかのようにローマ市の方向へと向かっていった。尤も、ワンステップで一キロという尋常ではないステップではあったが、彼女は実に楽しげであった。
 
 
 
 真祖の姫がローマ市に到達したのは、ナルバレックが埋葬機関に帰還した時刻から五時間後のことであった。
 
 
2003年4月16日初稿
 
あとがき
 前回をUPしてから3ヶ月も間が空いてしまいました。本来でしたら3月中にはSS執筆に戻れる予定でしたが、出版社の締め切りや仕事の都合で5月一杯まで飯の種を執筆することになり、現在もそれに追われています。
 次回UPも1ヶ月以上は先になると思いますが、必ず完結させますから、ご安心ください。
 それでは、ごきげんよう。
 

次回の幕を開ける

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