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  第十五幕「打算と不正義」
 
 埋葬機関内の一室。エアコンが紅茶の芳香をかき混ぜる中、そのエアコンですらドライにできない雰囲気がその室内にはあった。この様子を唯一見聞きできたのは、壁に掛かった、かつてイギリス神学校に飾ってあった、両腕を胸元で交差させた天使が描かれた巨大な絵画だけである。
「それにしても、貴方様がここにいらっしゃってるなんて、不思議な気分ですわ」
ナルバレックは、公的に使い分けられる口調を引き出しの中から引っ張り出しながら、流暢に喋っている。相手は本来はこの地下墓地の上に住まう、最高権力者だった。相手の聞きなれない訛りのあるイタリア語は、外国で育った者特有のそれだ。抑制の効かせることを前提に頭の中で積み重なった言葉は、諭すように語り掛ける。
「……君が私の秘書官を勤めていた頃を思い出す。名を変え、形を変え……それでも人は変わらないのだな」
懐かしむ言葉は、今を憂いているのか、それとも今を賛うものか。ナルバレックがそれを考えるのを拒否するかのように言葉を出そうとしたとき、入り口のドアが、勢い良く開かれた。部屋の中の二人は、驚いた様子も無く、入ってきたマルグリッドに目線だけを当てる。
「火急の報告ですので、無礼は後ほど謝罪いたします!」
ナルバレックが手を掲げると、それをどういう意味か判断したマルグリッドは言葉を搾り出した。
「こちらをご覧ください!」
マルグリッドが、室内に取り付けられたテレビのスイッチを入れる。そこにはニュースが映し出され、本日のトピックスに挟まれるように、司会者がゲストと話している。その片方を、ナルバレックと教皇は知っていた。いや、そこにいることを知っていた。だから驚きもしない。だが、期待はあった。
 マルグリッドがそんな二人の様子を怪訝に思いながらも、二人の邪魔にならない位置からテレビを見遣っていた。
 
 
『……つまり、神父が提示したこのリストに、今回の教皇庁での事件の犯人がいるのですか?』
『はい。それは教皇庁が、気の遠くなるような歴史の狭間で隠しつづけてきた、特務機関のメンバーリストです』
『その特務機関の名は?』
『……埋葬機関……主を別とした、この世の中で考えうるほぼ全ての謎に答えを出すことができる者達。そして、それらの謎を永久に謎とするために生きる者達の目録がそれなのです』
キャスターのピネッロがそれについてなるほどと回答すると、ADのCM突入前のサインが振られる。
『さて、本日は予定を変更しまして、今回の教皇庁で起きた事件の真相と題し―――』
正に誰にとっても予定外の放送は、彼の言葉が切れる前にCMへと突入して小休止となった。このとき、プロデューサーは何か文句の一つでも言おうと思っていた考えをとうに改め、次に何が飛び出すのかを期待に満ちた眼で待ちわび、それをAD達は正式なGOサインと認めた。
 
 ヴァチカン市国の人間、いや、世界中のほとんどの人間が、ハンマーを叩き下ろされたような衝撃を感じた。各国では緊急特番としてイタリアの一局のアンテナに周波数を合わせ、出力が足りない場合は、持てる限りの通信設備を総動員してそれにあて、イタリアの各放送局では、ライバル番組のとてつもないスクープに唖然としたものの、そこに枕を預けることもなく、降って沸いたこの情報を如何に活用しようかと画策し始める。
 インターネットでは今現在までに出た情報による憶測が飛び交い、サーバー設備関係者は悲鳴を上げ、新聞社は翌日朝刊の印刷を全てストップさせて内容を差し替え始めるための緊急会議が行われる。世界中に情報を持った電波が満遍なく行き渡り、それが視覚できるのではないかと思うほどだった。
 
 計九人の大所帯で食堂にて食事を摂っていたソロモン達は、その大騒ぎを、街中の店に置かれたテレビを見て騒ぎ始めた者達から食堂の店員伝いに知り、食後の会話の余裕を楽しむ間も無く、それぞれに行動についてソロモンが指針を示した。
 ソロモン、シエル、ゼフィールの三名は直ちに埋葬機関本部に向かい、それ以外の者は一旦アパートメントに戻ることとなった。サンヴァルツォが埋葬機関に向かうメンバーから外された理由はビエラの傍にいるためだった。
「何かあったら、無理しないで戻って来いよ」
「ええ、もちろんです。『ナルバレックのために死ぬべからず』ですから」
「何だ、それ」
苦笑いを浮かべる志貴に、メンバー内での標語ですよ、と答えて、シエルは用を急かすソロモン達と本部へと向かった。
 
 YASの放送が進むにつれて、混乱は大きくなっているかのようだった。その決定打となったのは、意外にも放送が原因ではなく、新たな事件だった。
 ADがカメラの撮影範囲に見切れることも厭わず、リポーターのピネッロにその事件の報告を入れた途端、それまでこの異例の放送の中で、静かに語りつづけてきたピネッロの表情がガラリと変わった。それでも彼は必死に、心の中で騒ぎ立てる感情と戦いながら言葉をはじき出した。
「速報です。軍警察支局で爆発が起きた模様です。現在、被害状況などの確認はできておらず、支局員の安否が心配されます」
彼の一般化された心配は、正に的中していたのだが、彼がそれを確認できたのは全てが終わった後であった。
 
 爆発現場に居合わせたのは、時間帯が時間帯だけに支局員が大半であった。他は不幸にも配達物や用事でそのときたまたま訪れていた者達だ。爆発の原因は、配達物の中に仕込まれていたダイナマイトで、一階のロビー全体が、飾ってあった絵画や彫像、人間と共に吹き飛んでいた。配達物を運んできた配達員は、脳漿だか何だか既に判別できないような汚れを辺りに撒き散らした。
 倒れている同僚の安否を気遣う者は、上の階にいた者達が避難する波に飲み込まれた。これで報道陣や野次馬が押し寄せれば二次災害の恐れも増大する。現に、一階部分の支柱は軋みの悲鳴を上げ、鉄骨を覆うモルタルは負荷のひずみに耐えれずに崩れ落ち始めている。
 カルロは床に寝そべりながら、気遣いもせず走っていく職員に舌打ちしていた。タバコを取り出そうと思ってズボンのポケットに手を遣ると、太ももから先が吹き飛んでいるのがわかった。最期の一服を楽しもうと思い直し、絶望の淵でふんばる。
 爆発の際の衝撃で吹き飛んだロッカーが、カルロの足をもぎ取ってから5分が経っていた。辺りは粉塵と煙、それに火の所為で全く視界が利かない。出血のことを考えると、意識を保っていられるのはそう長くはないだろう。いや、足が無く脱出が不可能なため、煙で燻されて燻製になるのか。どちらにせよ助かる見こみは無いとわかると、奇妙な解放感が漲ってきた。
「はっ、この安物タバコをこんなに美味く吸える日が来るなんてな……」
こんなことなら、あのままピネッロといれば良かったぜ。そう毒づいていると、ふと目の前の視界が開けた。いや、粉塵や煙が人一人が立って歩けるほどのトンネルとでも言えるような形を作りながら、空間に穴を開けている。
「俺の眼もとうとう節穴ってやつが開いたのかね」
「そうね、こんな美人を見て、そんな台詞しか吐けないようじゃ長くないわよ」
『節穴』を通って、女が歩いてくる。その女の美しいブロンドに火の灯りがあたって艶を揺らめかせる。何かの冗談にしては出来過ぎていた。
「言ってくれるぜ……。なぁ、見たところあんたは普通じゃなさそうだ。俺が死ぬまで、ここに居てくれないか?俺の夢は、すっかり歳老いちまった美人の嫁さんの若い頃を思い出して苦笑いしながらベッドの上で死ぬことでな。その一つぐらい叶わせてくれよ」
彼には同年代の妻と、今年22になる息子がいた。息子の仕事は消防士だった。もしかしたら、今頃外では、その息子が消火活動をしているのかもしれない。
 そんなカルロの思考を、表情から見て勝手に推測した女は、柄にも無くお節介をする気になっていた。
「やーよ、あんたの嫁なんて。看護婦なら考えてあげなくもないけど?」
「それじゃそれで良いさ」
「ふふふ、死なすのは勿体無いわね、貴方」
「……生憎と、あんたみたいな化け物になるつもりはないぜ」
最初から彼女に彼を助けるつもりは無かったのだが、それを看破されて少し不機嫌になる。
「……悪い……それで、もう一つ頼みが―――」
ある、と言おうとしたところで、発作的に嘔吐感に襲われ、正に内容物を血液と一緒に吐き出した。
「……ちっ、長くなさそうだ……なんかの皮が口にひっついて気持ちが悪いぜ」
ぺっ、とその皮らしいものを口から吐き出した。それは食道の一部だった。
「それで、頼みって?」
「そこの……そうだ、その机の一番上の引き出しに入ってる書類を……YASのピネッロって奴に渡してくれ」
女はカルロが途切れ途切れに誘導した場所にあった封筒を取り出す。それをカルロに見せると、首をわずかに頷かせた。
「これだけで良いのね」
「ああ、それと―――……―――…………―――」
「えっ?何ですって?」
慌てて床に膝をつき、カルロの口元に耳を寄せる。かろうじて聞き取った言葉はうわ言のようなもので、何度も、何度も、彼が死ぬその瞬間まで、女がいなくなった後も繰り返された。
「そろそろ、ここも危ないです……」
いつの間にいたのか、その少女が女に注意を促すと、彼女達はいなくなった。崩れ落ちていく建物の中で男が、他にも転がっている死体の仲間になった。年老いた妻を想像して、最期の、痛恨の笑みを浮かべながら。
 
「アルクェイド様……あの人、なんて言ったの?」
少女、レンが主人であるアルクェイドに寄り添うように歩きながら問う。当のアルクェイドはというと、先ほど託された封筒の中に入っていた書類を見てにんまりしている。
「妻と息子によろしく、だってさ……あーあ、なんだか志貴に会いたくなってきちゃった」
「そのためにここまで来たんでしょ?」
アルクェイドが「そうね」と答える前に、他の声がそれを遮った。
「貴方を志貴に会わせるわけにはいかないんですよ」
かしゃんっ、という、彼女特有の武装を広げる音と共に、シエルは姿を現した。ソロモンとゼフィールもそれに続いた。
「貴方に爆発物で遊ぶ趣味があったなんて初めて知りましたよ」
「ちょ、ちょっと、何を勘違いしてるのよっ!?私じゃないわよ、あれは!」
アルクェイドはそう言いながらも、一度思い込んだら始末におけない難物が相手であるのは身に染みていたので、封筒をレンに預けて下がらせた。
「問答無用です」
「やっぱりそう来るんだ」
この会話が出る前に既に二人とも刃を交えていた。実際の所、先に踏み込んだのはアルクェイドで、それはシエルの黒鍵が最も威力を発揮する間合いを詰めるためであった。
 ふと、ソロモンが何かを叫んだ。瞬時にその意味を肌で理解した二人は、お互いの顔に一発ずつ決めながら、先ほどまで居た場所から遠のいた。刹那、爆発音と閃光が辺りを埋め尽くす。
 その喧騒の被害が一通り出揃ったところで、一枚の名刺が頭上から降ってきた。アルクェイドがそれを引っ掴むと、苦々しい想いをそれに叩きつけた。名刺は瞬時に消し炭となる。
「そう、あれはあんたの仕業だったわけね、ゲイシー」
前回と同じように彼は上空で腕を組んでいた。自身の様式美を誇示するかのように、彼は笑い声を上げた。
 
 
2003/7/7初稿

次回の幕を開ける

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