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  第五幕
 
 昨日まで降り続いていた季節の節目を告げる大雨が止み、朝の路面は乾いている。久々の快適な仕事に、新聞配達員の初老の男性は50CCのバイクを走らせながら口笛を吹いていた。山本新聞配送店勤続二〇年。地元へのUターンをきっかけに場つなぎのつもりで始めた仕事であったが、過ごしやすい風土と街の雰囲気に改めて触れて気づき、新聞配達の仕事を続けながら生活を楽しんでいる。一件分を残し朝刊を配達した彼は、残りの一件分を片づけるべく、少し勾配がきつめの坂をバイクのエンジンを吹かしながら昇っていった。
 坂を昇り終えると、大きな門の前に着く。そこにはいつも通り、古めかしい趣味の厚ぼったい茶色のメイド服に白いエプロンをつけた女性が掃除をしていた。最近では、朝に掃除や打ち水をする家も少なくなった中、この家だけは昔から変わらずに家政婦(今時の若者風に言えばメイドなのだろうか)を使ってまで掃除をしている。このお嬢さん10年程前から使われているようで、その頃から見れば随分と成長したものだと感じるのは、自分が歳を取った証拠であると苦笑するのは日課となっているかもしれない。
 いつ見ても、昔ながらの朝の風景というのは心和む。いつものように、挨拶を交わす二人。
「おはようございま〜す、新聞で〜す!」
「毎朝ご苦労様です」
箒を両手で握ったまま、家政婦の女性は丁寧に腰から上を浅く傾かせて礼をした。深い赤色を帯びた首筋程まで伸びている髪が空気に流れる。
「はい、新聞。今日は珍しく一面全部同じ記事、大きな事件があったみたいですよ」
「ありがとうございます、主人はゴシップ好きですので、きっと喜びます」
「あはは、流石は遠野家のご頭首様だ、テロもゴシップと同じ扱いかい」
男性がそこまで話したところで、女性が首をかしげた。
「テロ?」
「え?ええ、外国の話ですがね、なんでも先日、かなりの人数の人間が仏様になったらしいですよ」
「ちょっと今読んでも構いませんか?」
「ん?ああ、もちろん良いですよ。私も詳しくは読んでないし、仕事もここが最後。気兼ねなくどうぞ」
「ではちょっと失礼して……!!」
新聞の一面を読んだ途端、彼女は珍しい色をした瞳を大きくして驚いたと思うと、関連記事があるのだろう、箒が手から落ちるのも構わずに新聞を開いた。
 配達員が何事かとバイクから降りて横から新聞を覗き見る。
「へぇ〜、ここまで悲惨だとはねぇ…えげつない話だ…けど、なんでそんなに驚いてるんだい?もしかして、知り合いでもそこにいるのかい?」
「い、いえ…ちょっとあまりにも刺激的だったんで、つい…」
「そうかい、違ぇねぇ、歳若いお嬢さんが平然と読めるものじゃないですわな……さってと、そろっと会社に戻らないと…はい、箒」
女性が箒を受け取ると、配達員はバイクにまたがり、それじゃまた明日、と言って去っていった。
 その後ろ姿を礼をして見送ると、女性は掃除を切り上げ、踵を返して屋敷の中へと走っていった。
 
 
「あら、どうしたの翡翠。そんなに慌てて」
ゴシップ好きの遠野家頭首、遠野秋葉は大学へと出かける前の朝のダージリンティを居間で楽しんでいたが、そこへ先ほどの女性……翡翠が勢い良く居間へ駆け込んできた。片手にはいつものように新聞が持たれていた。
「あ、秋葉様!あの、その……とにかく、これを読んでください!」
何はともあれ、とりあえず翡翠から新聞を片手で受け取り、読むことにした。
「こ、これはっ!?」
秋葉は驚きのあまりにダージリンティの入ったカップを落としかけたが、なんとかテーブルの上にカップを置いた。
「なんてことなの…」
翡翠はもちろんのこと、秋葉の傍らのソファで朝食の片づけを終えてくつろいでいた翡翠の姉であるメイドの琥珀も秋葉を見遣る。
 
「いっこ○堂が実はテープで芸をやっていただなんて…!!」
 
 思わず琥珀も翡翠も眉間を押さえた…二人ともそうした反応をした理由は違っていたが。
「そうだったんですか…毎日テレビで楽しませていたあれはタネがあったんですね…がっかりです」
琥珀の理由は以上の通りである。ちなみに彼女の片腕は以前あった事件により無いので、もう片方の腕で眉間を押さえている。
「秋葉様も姉さんも何を言っているんです!なんで一面全部がでかでかと私の見せたい記事で埋まっているのに、目次のところを見て驚いているんですかっ!!」
翡翠の理由は以上の通りである。これには秋葉と琥珀から意見が出た。新聞を見慣れた者にとっては、一面は視界に入らず、三面記事の目次が気になるのだという。
 それはともかくとして、秋葉は素直に一面記事を見ることにした。いっこ○堂の記事は相変わらず気になっていたが口に出さないでいたのは賢明である。
 そして、三者共にイタリアのヴァチカン市国で起きた、複雑怪奇なテロの記事を読むことになる。
 
「ふぅ、なるほどね……兄さんの匂いがするわ」
「秋葉様〜、なんだかその台詞って凄い淫靡ですよ〜」
「…姉さん、茶々を入れないでください……」
あら、そう?などとのたまう姉を尻目に、翡翠は自分の考えを言った。
「志貴様が行方不明になったときに残されていた書き置き…そこにはシエル様と一緒にいることが示唆される内容が書かれていました…それから推測するに、シエル様が仕事の都合で本国に戻ることが志貴様がいなくなられた原因でしょう。シエル様の本国とはずばりどこか。秋葉様が遠野家ネットワークを使い調べられた情報を分析した結果、それは…」
「あ〜、翡翠ちゃん、説明が長いですよ〜、要するに、志貴さんは…」
姉さん説明に割って入らないでください、と翡翠が姉に抗議している中、秋葉が内容を結ぶ。
「兄さんは、イタリアのヴァチカンにいるわ」
けどそれは前からわかっていたこと、と秋葉が付け加える。何故に今まで、兄を追いかけるという行動に出なかったかといえば、兄がそこまでやってのけた行動に文句をつける理由が見当たらなかったのである。
「けど秋葉様…今回、このようなことがあったということは、志貴様にも危害が及ぶ可能性があります…それを理由に連れ戻されるというのはどうでしょうか」
これを記事を読んだ瞬間に考えたからこそ、翡翠は大急ぎで居間へと飛び込んできたのである。
「そうですよ、秋葉様。連れ戻すとまでは行かずとも、会う口実にはなります。いっそ、旅行だと思ってイタリアへ行きませんか?このテロで今なら旅行費用もお安いでしょうし」
いやに現実的な理由を付けた琥珀は、台詞を後押しするかのように秋葉へと微笑んだ。
 
 それに応えるように、ゆっくりと秋葉は微笑んだ。かつて兄が恐れた妖しさを称えて…
 
 
 
 以上の経緯を、いつものように朝の紅茶のご相伴に預かろうと屋敷内に窓から入ろうとしていたアルクェイド・ブリュンスタッドは、窓枠の下に身を潜めながら聞き終えると、かつては自分の使い魔だった黒猫のレンに話し掛ける。
「ねぇ、レン。貴方を置いてけぼりにした酷いご主人様に、今でも会いたい?」
レンはただ、こくりと頷いた。
「そう、それじゃ仕方ないわね〜、本当はあそこへはあまり近づきたくないんだけど」
真祖の姫と埋葬機関のお膝元。相性が悪いことこの上ない。それでも、金髪のお姫様は、可愛い使い魔…今ではただの飼い猫であるレンのためにと頑張るつもりである。
 レンはただ、微笑んだ。本当はアルクェイド自身が志貴に会いたいのだと気づいていたから。
 
 
 
 シチリア島の内陸部にある古びた貴族の館。昼も夜もわからない、今は誰も居ないはずのその内部で、安っぽい木製の揺り椅子に座りながら左手に意識を集中させていた男が閉じていた両眼を開く。
「ふむ、動いたか……機を見て動かざるは愚かなり、か……なれば矜持にかけて私も動かざるをえないだろう」
そういう男にとっては、理由などなんでも良かった。既に己を能動的に突き動かす衝動は心中の奥深くで根を広げている。
 揺り椅子の反動で立ち上がった男は、愛刀を鞘ごと腰に付ける。古式銃をホルスターごと肩に付ける。それらを髪の色に合わせた灰色のスーツジャケットを羽織り隠すと、彼は屋敷の表に出た。
 もう既に太陽は傾いていた。空には星が既に見えている。なだらかな勾配の坂をくだりながら、彼は空気に溶け込みながら消えていった。
 
 
 
初稿2002/8/29

次回の幕を開ける

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