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  第六幕
 
 空港を出てから来たときに使った直通電車で三〇分程して戻り、通りに面しているレストランに入ったシエル、ソロモン、ゼフィールの三人はそれぞれ注文を選んでいた。空港に行く前に見たときは混んでいた通りも、今は普段よりも少ない人数しか見られない。通る人間といえばほとんどがカラビニエリ(伊軍警察)の巡回などだ。足を組みながら頬杖を突いて通りを鑑みていたゼフィールはソロモンが店員に全員分の注文をし終わったのを確認してから色白の肌に浮き出るように付いている唇を動かした。
「香港と比べると、嫌に大人しく感じる通りだな」
シエルもそれに続く。
「日本からここに来て感じましたけど、確かにここは大人しい感じがしますね。あちらなどは観光客がいたとしても目立ちませんでしたけど、ここでは明らかに浮いて見えます」
ソロモンは色付き眼鏡のツルを摘まんで耳から外し、レンズの埃を息で吹いから話に参加した。
「それは心の違いというものだ……世俗では、ここは他人の好奇心で保ってる国だ、などと言うが、その好奇心はここが信仰心に篤いからこそ沸き立つものだ。だが、所詮好奇心では信仰心に代われん。心は…体に雰囲気に、あらゆるものに現れる……その違いだ」
これには少し彼の偏見が混じっており、ヴァチカンの住人がことごとく信仰心があるというのがそれであるが、彼にとっはそれは眼中に無いのであろう。
 それなりに感心しながら聞いていたシエルとは違い、ゼフィールは目を細めて面白そうにそれを聞いていた。その様子を眼鏡を拭きながら不振げに感じていたソロモンが言葉にそれを現した。
「なんだ」
「いやな、相変わらず口が達者だなぁと思ってただけだ……顔も相変わらず童顔だがな」
それを聞いてシエルが思わず息を吹き出した。他にも客がいるので笑いを堪えているが、目尻には涙まで浮かべている。ソロモンはというと、慌てて眼鏡をかけ直す。
「こんなことならもう少し老けてから死徒になるべきだった……!」
彼のそんな愚痴を聞いたゼフィールは、童顔は一生童顔のままだよ、とトドメを刺し、そこで注文した品がテーブルの上に置かれた。ソロモンは店員にチップを渡すと手仕種で品を仲間に薦めた。とはいえ、全員が全員、コーヒーではあるが。
「いっちょ前に歳だけは格段に食ってるからな、お前さん。そういう仕種が様になるよ……童顔だがな」
彼女はソロモンに依然に突っかかる。流石に煩わしくなったのだろう、ソロモンがコーヒーを飲むのを中断して突き返した。
「ふん、この中でまともに歳を食っているのは貴様だけだ」
「……それは卑下になるのか?」
「少なくとも私は嬉しくないです…」
シエルが眉間にシワを寄せながら苦笑いをしている。
「男性にしてみればなんでもないことでしょうけど、女性にとっては『若く見えるけど実は年増』ということ程に引け目なことはありませんよ」
ゼフィールがしたり顔でそれ見たことかとソロモンを見遣る。
「……すまん、失言だった……だが、問題あるまい、そう言っている君を待ってる人間がいるんだ―――っと、シエル君、一度は彼の所に戻らなくて良いのか」
彼のその言葉を聞いてはっとしたシエルが腕時計を確認する。
「そうですね、彼も昼はまだ摂ってないでしょうし、ここに連れてきます。その間、ゼフィールのことは貴方に任せます」
そう言ってコーヒーを一気に飲み干すと、彼女は自分の分の代金を財布から出そうとしたが、ソロモンがそれを手で制すと、頭で一礼して通りの向こうへとカソックの裾を翻しながら走っていった。
「―――見事な身のこなしだ、任務以外であれほどイキイキしている彼女を見るのは楽しい」
ゼフィールがそれに珍しく真面目に回答した。
「俺の知っている彼女はどんなときも死んだような雰囲気だったよ。何があったか詳しく知りたいんだがね」
基本的に二人とも自分に関係していること以外ならば問題無く会話ができる。互いに黒いスーツを着た歳の離れた男女の会話する様は傍から見れば甚だ奇妙ではあったろうが、彼らはシエルを肴に会話を弾ませていた。
 
 
「ただいま〜!」
シエルがアパートの自室へ元気良く入ってきたため、志貴はうつらうつらとしていた頭を強引に覚醒させられた。
「おかえり〜……」
仰向けに倒れていたベッドから上体を起こすと、シャツの襟を力無く整えながら彼はシエルに声をかけた。
「遅かったなぁ―――今、何時?」
シエルは彼の様子に呆れながらも時計を確認すると、正午を少し過ぎた頃だ、と答えた。
「どうしたんです、昨日は寝てないんですか?」
志貴は鞄の中から櫛(くし)を取り出すと、寝癖を治しながら頷いた。
「ビエラちゃんがなかなか寝付かなかったからねぇ…朝飯を作って食べた後、彼女が学校に行ってから俺は寝てたってわけ。そうか、もう昼なんだ。シエル、お腹空いてる?」
シエルはあまりにも彼が気楽なのに気づいた。
「志貴…もしかして、新聞読んでませんか?」
それを聞いた彼は、新聞ってなぁに、食べれるの、とでも言いたそうな顔をしたので、彼女は少し待っているように言ってから一階のポストに新聞を取りに行き、それを彼に渡した。それを読んでいく内に、彼はようやく事態を把握したようだ。
「……ごめん、読めるけど意味がわからん」
深刻な表情をしていたのはそういうことか、とシエルは呆れ返りながらも彼の手から新聞を取ると内容を日本語に訳して音読した。イタリア語は文字と発音に差がほとんど無く、その上日本語と母音の使い方が似ているため”読むことは”簡単だが、意味となると辞書が必要になる。本日未明にテロと思しき大量殺人が教皇庁で起こったこと。それに加えてソロモンと話した憶測についても志貴に打ち明けた。
 今度こそ事態を把握したらしい志貴が喉から声を絞り出す。
「なんだよ、それ……サンがこれをやったってことか?!」
シエルがそれを補完する。
「正確に言えば、あくまで実行犯が彼だ、ということです。ナルバレックに命令されれば逆らえませんからね。例え私が命令されてたとしても、私もサンと同じようにこれをやったでしょう」
理屈は通っていることは重々理解した志貴ではあったが、感情の方がそれをよしとしない。
「ナルバレックとかいう奴がよしとすれば、どんなこともやるってのか?」
志貴の弾劾にシエルが毅然と答える。
「そういう組織です。それ以上でもそれ以下でもありません。まさかそれぐらいの覚悟も無しにここまで来たわけじゃないですよね?今、考えるべきなのは如何にナルバレックの意向を把握し、事態を収拾するか、です。くだらない感情論では下手をすれば死にすらしますよ」
彼は正に、返す言葉が無い、といった表情でうな垂れた。それを見たシエルは、ベッドの彼の隣に座り、背中に手を当てながら諭す。
「……すいません、私も言いすぎました。でも、私は仲間の誰にも死んで欲しくありませんし、志貴、貴方は特にそうです。さ、仲間がレストランで待ってます。お腹、空いてますか?」
彼女は意図的に彼が先ほど行った台詞を真似て言った。それを聞いた彼は、思わず顔をほころばせ、ただ頷くと、ゆっくりと立ち上がってジャケットを羽織り、先に部屋の外に出たシエルの後をついていった。
 
 
「大体だな、伊人はそんなに背が高くない、であれば、私の身長も許容範囲だろう」
「それにしたって身長が160ない、というのはなぁ…」
ソロモンとゼフィールは、しばらくはシエルとその恋人についての話で盛り上がっていたのだが、流石にゼフィールは刺激が足りなくなったらしく、何時の間にか童顔から繋がるソロモンの身体的特徴についての話に戻っていた。傍から見れば、姉とその弟に見えるくらいの身長差が二人にはある。そのため、ソロモンはいつも身分証明書を持ち歩いている。よく警官に呼び止められるからだ。
「何故に軍警察の者は身分証明書を見せれば大人しく引き下がるのに、国家警察の連中はからかってくるのだ?…奴等の内の誰かが死徒になったとしても、浄化どころか、そのまま永久に封印してやる」
伊には主な警察としては二つの組織がある。いわゆる官憲である軍警察と、日本で言う警察と同義である国家警察だ。後者は、態度の悪さの例えに使われる程に、それが悪い。その国に長年在住しているソロモンでさえそう思う程に。
「それは、お前がからかいやすいからだろ」
ゼフィールは右手の人差し指と親指でスプーンを持って、コーヒーを楽しそうにかき混ぜながら、横目でソロモンを見ている。
「貴様は外見だけは”美女”だからな、さぞ警官にとっては絡みたくなる相手だろう」
「ああ、交通違反をしても胸の一つでも擦り付ければOKだぞ」
「くっ…貴様には羞恥心というものが……」
「お前さんは交通違反したくても、足が短くてアクセルが踏めないからなぁ?」
反撃を二重に返されて、ソロモンは怒る気も失せてきた。それを見たゼフィールは実に残念そうに言う。
「つまらん、もう少し食い下がってくれないとな…実につまらんぞ、ソロモン」
彼女が目線を彼から離したとき、シエルと例の男らしき人物がこちらに歩いてくるのが目に入った。ソロモンもそれに気づいたらしく、視線をゼフィールと同一線上に向けていた。
 
 
「ほら、あそこのレストランですよ」
シエルが指で示した方向に、目立つ二人組みが席に座っているレストランがあった。志貴はソロモンとの面識は多々あるが、もう一人の長身で亜麻色の長髪の大人っぽい雰囲気のある女性には覚えが無かったので、シエルに実際聞いてみた。
「あれ、誰なんだ?」
「ああ、ゼフィールという、同じ組織の方です。美人だからって目元を弛ませていると、後々恐いことになりますから注意してくださいね」
志貴はこの台詞を聞いたとき、てっきりシエルが嫉妬しているのだと思い込んだが、それが勘違いだと気づくのに時間は必要なかった。
 
「はぁ…実際にそういう方と会うのは始めてで…なんといっていいか…」
席に着いた志貴がシエルから詳しい紹介を聞いて漏らした言葉だった。埋葬機関の人間は大半の国の言葉を喋れるので、通訳は必要なかった。
「こんな風に日本語を喋れる人間とばかり会話していては、全然伊語が上達しないな、志貴君」
志貴とシエルが着いてから注文した料理の食前酒を軽く喉に流してから、ソロモンはそう皮肉を利かせた。
「ま、滞在許可証とかの煩わしい手続きは埋葬機関で代行できるから、それほど困りはしないだろう。伊語の筆記ぐらいはできるんだろう?英語でも構わんが」
ゼフィールの女性にしては低めの声での質問を聞いて、志貴はこくりと頷いた。
「ところで私のお給料、どうなるんでしょうか?日本にいたときは日本円で20万円に手当てなど含めて合計30万は貰っていたんですが」
真面目に質問しているシエルを横目に、志貴は埋葬機関が高給取であることにため息を出していた。
「ユーロで複数の口座に振り込み、合計で2200ってとこだろ」
シエルがそれを聞いて、机をバンッと叩いた。周囲のテーブルの人間が何事かとこちらを見る。
「30万円をユーロにしたら2500でしょう?なんで値踏みされてるんですかっ!」
話に聞き耳を立てていた人間がその数字に思わず疑う。平均月収が800弱の伊でその数字は高給などという言葉を通り越しているからだ。幸いだったのは、シエルが日本語で怒鳴ったために正確に意味が通じていなかったことだ。周囲のテーブルの人間は「車の購入の話でもしているのだろう」程度に考え、それぞれ食事に戻った。
 その様子に胸を撫で下ろしたソロモンがシエルに耳打ちする。
「埋葬機関だって無制限に金が出てくるわけではないのは君だってわかってるだろう。円からの切り替えついでに値踏みするぐらい大目に見てやってくれ」
かく言うソロモンは、リラからユーロに切り替わるときに同じ憂き目に合っている。その結果、諦め半分でシエルに諭しているのが事実である。それでも怒りが収まらないシエルの様子に彼はもう一言付け加えた。
「君には志貴君という”配偶者”がいるだろう?給料も分け合える分だけ良いじゃないか」
意図的に配偶者という言葉を使っているが、実際、書面上でも既にそうなっている。手続きの際にその方が色々と都合が良いとの理由でなのだが…。
 それを聞いて喜ばしい事実を再確認した彼女は上機嫌で食前酒を飲みながら、”配偶者”である志貴とどんな料理が来るのかを話している。それを見ていたゼフィールは、彼女はこれほど単純な人間だったのか、と目を丸くしている様を、ソロモンは楽しげに眺めていた。
 
 
 さて、ここで物語の時間差について書いておきたい。第五幕においての時間軸は、ヴァチカンでの事件の一日後の日本時間でいう早朝である。午前五時〜午前六時くらいだと思っていただければ良い。それ程に遠野家の朝は早いということにもなるが…。そして、今回の第六幕は事件があったイタリアの深夜から明けて昼の話である。言うまでもなくイタリアと日本では時差があり、日本の方が日付は早く切り替わり、時差は約八時間。例えばイタリアで午前一時に事件があったとすれば、日本の朝刊に事件についての事柄が書かれるのは翌日のことになる。つまりは今回、志貴達がレストランで食事をしているとき、遠野家にはまだ事件についての情報は入っていないということだ。
 
 以上の事柄を踏まえた上で、物語は続いていく……
 
 
 遠野家一行、遠野秋葉、琥珀、翡翠がローマ市内に最も近い所に位置するレオナルド・ダ・ヴィンチ空港に到着したのは「いっこ○堂朝刊事件」から一日も経たない時間である。朝刊を読んだ秋葉は大学に一ヶ月の休学届けを出し、その間に琥珀は航空チケットの手配、翡翠は荷物の準備をして、旅行と言うにはあまりにも短時間で現地へと飛んだ。
 秋葉は早々に集めた情報から目星をつけた場所へと行きたかったのだが、琥珀が折角来たのだから、と観光地巡りを提案。秋葉もよくよく考えてみれば兄のために楽しみを削る必要は無いという結論に達し、翡翠は意見も出さずに秋葉が合意した時点で姉の提案に応じた。事前に予約しておいたホテルにチェックインし、荷物に鍵をかけてから部屋にそれらを置いた一行はホテルを出た。
 その観光先で琥珀が痴漢に遭ったことで、事態は急変する。秋葉は、なんで私じゃなくて琥珀なのよっ!という理不尽な理由から怒り、痴漢をした伊人に対して周囲が唖然とするくらいの暴行を加えた。さり気なく檻髪も使った。そこにかくも名高い国家警察が絡んできたため、伊語の心得が無い一行は四苦八苦していたのだが、近くでそれを見ていた伊人らしい男性が伊語と日本語の通訳を始め、更には警官に袖の下を渡して事無きを得た。
 
「いやはや、日本の女性は大人しさでは定評があるのに、それを覆すご活躍でしたね」
噴水の側のベンチに座った、伊人の男性を加えた一行はお礼を兼ねて話をしていた。秋葉が様々な意味で自慢の髪の毛を手で肩の後ろに追い払うと、男性の丁寧な日本語に返事をする。
「それにしても日本語がお上手ですね」
「仕事柄です」
琥珀がそれについて興味を示したが、男性がそれを遮った。
「人に言えない仕事、というわけではないのですが…事情がありまして」
警察に袖の下まで渡した男性を疑う気は無かったので、琥珀は引き下がった。
「さて、私はこれから娘を学校に迎えに行かなくてはなりませんが…あなた方はどうしますか?なんでしたら、その後で市内の案内ぐらいはさせていただきますよ」
兄を探す上で土地感を掴んでおきたかった秋葉は、琥珀や翡翠に相談した上で、それに同意した。
「そういえば、お名前を伺っていませんでしたね」
ああ、と男性が得心する。彼は自分の名前をこう言った。
 
 サンヴァルツォと申します、と……
 
 
 
初稿2002/9/21

次回の幕を開ける

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