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   第七幕 貴方に捧げる花束は
 
 なぁ、サリナ。私は傲慢なだけなんだろうかな
 
 また、たくさんの人が死んだよ
 
 君が死んだときと同じ
 
 私の知らないところで死んでいった
 
 君は全てを知ることができない場所にいるんだろう?
 
 だから、私は君の側に行くまでに、できる限りのことを知りたい
 
 それを人々に知らせたい
 
 なぁ、サリナ。私は傲慢なだけなんだろうかな……
 
 
「…ロさん…ピネ…さん……ピネッロさん?」
「ん、あ…トルネオ神父」
市街から西へ二〇キロの位置にあるカトリック宗派の教会。そこに二人の初老の男達が巧みに作られた造形物の中に沈み込んだような椅子にいた。一人はそれに座り、一人はその傍らにいる。初夏へと続く階段を駆け登る季節の中にあって、石造りの建物の中は外界からの熱を弾き、ひんやりと、そして優しく、それでいて厳しく、二人の男の周りを包み込んでいた。
「私が村へ用足しに行ってる間の二時間、ずっとここにいたのですか?」
トルネオの問いに、ニュースキャスターであるピネッロは答えた。
「はい…私が彼女にできなかったこと。それが二〇年経った今でもできていません。それでも私はそれをしようとしている。それは傲慢なのではないか。それを彼女に聞いていたんです。でも…」
 
 でも、答えなんて返ってくるはずはない
 
 ピネッロとトルネオの声が重なる。誰もが同じことを口にするだろう。彼女は既にこの世にいないのだから。
 だが、トルネオだからこそ、言葉を続けることができた。それは二人の付き合いの長さを如実に物語っていた。
「では、貴方は、彼女が答えたとしたらそれを受け容れられるのですか?」
そう、彼女がどう答えようと関係ないのだ。ピネッロにとって大事なのは、彼女を想い続け、自分がすることを正しいと信じられることだからだ。それは一種の信仰とでも言えるかもしれない。
 彼とトルネオはいつもこのやりとりを繰り返している。そしてトルネオは最後にこう釘を刺すのだ。
 
「何かを信じる。その対象の中に神はいますか?」
 
 
 教会を出て、外に停めてあった車に戻ったピネッロは車載電話から勤め先であるYAS放送局に連絡をとった。仕事仲間でドイツ訛りのある女性が電話に出たので、今夜の放送に使うネタを揃えてから戻る旨を伝えると、小高い丘の緩やかな下り道路を季節の風をウィンドウから車内に取り入れながら市街へと向かった。
 
 
「神父…私にとっては、神と同等に信じれる人がいればそれで良かった……」
 
 
 市街に車が入り、目的の場所が見えた。軍警察の支局の一つがそれだ。建物から少し離れた狭い駐車スペースに車を滑り込ませ、車を降りる。六年以上乗り続けている、見慣れた箱型の塗装が色褪せたPANDA<FIAT>に鍵をかけたところで、後ろから声をかけられた。
「白昼堂々、警察署の前で車泥棒とは大したもんだな」
「そんな冗談を使うお前に言われたくはないね、カルロ」
ピネッロとカルロは幼なじみだ。ピネッロが産声をあげた病室の隣で、カルロの母親が出産時の難産で悲鳴をあげていたというのは、同じ通りに住む者達の語り種だった。
 痩せ型でいかつい顔をしたピネッロと長身で温和そうなカルロとでは、後者が制服を着ていなければ、むしろ前者の方が警官に見える。
「まぁ、なんだ。現役バリバリのテレビにも出てるキャスターと警官が話し合ってる姿はあまり人には見せられないからな。こういう冗談も必要不可欠なのさ」
「それじゃ、近くの落ち着ける場所にでも”連行”してもらおうかな」
「着替えてくるから、先にいつものところに行っていてくれ」
「自分から牢屋に行かされたら、連行なんて言えないじゃないか」
そんなことを言い合いながらも、カルロは着替えのために支局の中へ、ピネッロは通りの向こうにある下水道にかかる橋のベンチへとそれぞれ向かった。
 
 
「………で、この中に例の殺害現場の写真と、使用したと思われるブツのリストが入ってる」
二人で肩を並べながら下水の流れを見ている風にして、カルロがピネッロにA4サイズ用の封筒を渡す。ピネッロが黒革製の鞄にそれを詰め終わるのを確認してから、カルロは言葉を続けた。
「それはまだ一般公開できるソースじゃないことぐらい、お前もわかってるはずだから用意もしたし、こうして渡しもした。だが、そんなものをお前はどうしたいんだ」
「この国は、小さい事件ばかりを大衆に見せて、本当に見せるべき事件を見せていない。これがテロだって?部外者立ち入り禁止の教皇庁で?しかもたった一人で?それをテロだなんてのは、自分の舌に乗せるにはあまりに不味い台詞だよ」
「ま、俺も美味いものばかり食いたいからな。けどよ、ピネッロ。不味いからってそれを食べないと、子供は躾られるもんだぜ」
「躾は躾でも、飛んでくるのはマンマのげんこつじゃなくて、鉛の弾だしな」
カルロが煙草に火を着けると、それがフィルター近く燃えるまで沈黙が続いた。
 
 カルロが指先で煙草を弾くと、下水の流れの中にそれは消えていった。
「………これは俺の知り合いの空港で働いてる奴の話なんだがな、教皇庁絡みで何かがあると、必ず違和感のある奴らが出入国しているんだそうだ。そいつが働き始めて何年になると思う?……一五年だ。一度も例外は無いそうだ」
「…!それじゃぁ、今回も…」
こくり、とカルロが頷く。
「お前が自分の信じたいことをする。俺はお前のすることを信じる。だから、裏切らないでくれ…」
暗に、危険な目には合わないようにと釘を刺しているのが、ピネッロにはわかっていた。
「神父もそうだが…俺は他人に釘を刺されるために生きてる戸板じゃないんだぞ」
カルロは神父という単語を聞いてただ苦笑していた。ピネッロの冗談にではない。ただ苦笑することしかできなかったのだ。
 ピネッロが毎週、忙しい仕事に暇を作って不幸な若死にをした妻を供養しに教会に行っていることを知っているのは、彼だけだった。
 
 ピネッロが知らないところで妻は死んだ。だが、神は知っている。それに埋葬機関という組織の人間が関わっていたことを。
 そしてピネッロは嗅ぎ取っていた。社会という、あでやかに織り込まれたタペストリーの秘密を。芸術品として人を魅了したとしても、その染料からは血の臭いが出ていた。
 
 
 
 同日同時刻頃、カルロが煙草を投げ捨てた下水の下流方向にある、彼らがいたような建物の圧迫感のない開けた宅地の中の路地を四人組みが歩いていた。イタリアの街並みの象徴とでもいうべき石畳の路地を歩いていると、自分が街に同化しているかのような錯覚に陥る。
 そんな軽い目眩にも似た感覚を覚えた一人が、こんな感想を持つ。
 
「志貴様もここのような風景の場所にいるのでしょうか」
 
「どうしました、翡翠ちゃん」
翡翠は姉に呼びかけられて、正気に戻る。サンバルツォに秋葉達一行がついて歩くこと二〇分ほどが経っている。それに気づいたサンが琥珀の言葉を繋ぐ。
「すいません、娘には少し遠い学校に行かせてるもので…」
外国出身ということは自国の人間にしてみれば直ぐにわかる。そんなわけで、サンは戸籍上の娘であるビエラを、少し家から遠くではあるが、外国人が多く通っている学校へと入学させたのだった。
 そういった事情までは把握できはしないが、琥珀には彼が娘に十分な程の愛情をかけていることを言葉から推察できた。彼女がそれを踏まえて言葉を口上から滑らせた。
「遠くても毎日通えるのは、サンバルツォさんの愛情がわかるからだと思いますよ」
「そうだと良いんですが……それはそれとして、翡翠さん、娘の学校には広場があって、そこで休憩できますからそこまで頑張ってください。そこの路地を曲がればすぐですので」
翡翠は、お心遣い感謝します、と言おうとしたが、相手が日本語がわかるとはいえ丁寧語というのは理解しにくいのではと逆に気遣い、ただこくりと頷いた。
 
 
「ふ〜、慣れない街並みを歩くってのは意外と疲れますね〜」
サンが娘を迎えに校内に入って行くのを、広場のベンチで見送ってから秋葉達はくつろいでいた。秋葉がそれに言葉を返す。
「琥珀、貴方は特にそうよ…病み上がりなんですからね」
秋葉の視線は琥珀の左手に自然と向く。そこには、支えを無くして寂しそうに垂れ下がっている服の袖があった。
「いや、それがですねぇ…何故だか知らないんですけど、こっちに来てから元気が沸いてくるんですよ」
その言葉を聞いて、ベンチに深く座り込んで疲れをとっていた翡翠が気づいた。
「姉さん、それって…」
 
 あの男が近くにいるからではないのか
 
 そう続けようとしたところで、別の声に遮られた。
 
「お待たせしました、こちらが私の娘のビエラです。ほら、さっき話した、秋葉さんに琥珀さん、それに翡翠さんだよ」
サンの声だ。台詞の後半部分はイタリア語である。ビエラは日本語を解せないからだ。
 ビエラがそれに応えて、一行に言葉の挨拶の代わりに、笑顔を見せた。
サンの娘であるビエラが、サンの年齢から想像していたよりも大きいことに一同は先ず驚いた。だが、それに関しては秋葉が他の二人に睨みを利かせ、言葉にしてはいけないことを諭したことで解決した。
 というより、本部隊の特攻隊長である琥珀少尉がベンチから体を乗り出して「まぁ可愛い!」などと言いながらビエラの頭を撫でたので、話が勝手に進んでいった。
 そこで琥珀は、ビエラがじ〜っと自分の目を見ていたのに気づいた。
「どうかしましたか?」
サンがそれを聞き取って、ビエラに訳して伝える。
「お姉ちゃんが、どうかしたのか、といってるけど?」
ビエラが嬉しそうにサンに言葉を返す。
「え〜っと…琥珀さんの目の色はとっても綺麗だ、だそうですよ。言われてみれば、琥珀さんと翡翠さんは日本人であられるのに目の色が一般の日本の方とは違いますね」
琥珀と翡翠がその疑問の答えに難渋していると、サンが付け加えた。
「あ、それと、志貴みたいだ、とか言ってますね。えっと、志貴というのは…」
 
 
「兄さん!?」
「志貴さん!?」
「志貴様!?」
 
 
 今度は、サンが一行の反応についての思考に難渋することになった……
 
 
2002年11月25日初稿

次回の幕を開ける

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