振り返ると、そこには…シエルが立っていた。格好は以前審問官時代に来ていたようなものではなく、よくあるシスター服だ。「シ、シエル!?」俺は豆鉄砲をくらったハトのような声を出した。なんだか今日はこんなことばかりのような気がする。恐らく間違っていないのだろうが。「どうしました?遠野君」「”どうしました?遠野君”じゃないよ、シエル!人を驚かすようなことしておいて…」「あはは、それはすいませんでしたね。ゴメンなさい」「う、うん。別に謝らなくてもいいよ、うん」こういう風に出られると分が悪い。「それにしてもどうしたんですか?今日は。就職活動はいいんですか?」「…それなんだけど、なんか今日先生方全員で会議らしくって、締め出されちゃったんだよ」「あっ…そうですかぁ…それはラッキーですね♪」どうやら彼女なりに”会議”というものの意味を理解したようだ。それが嬉しくもあり、悲しくもある。「うん、それでここに来たってわけなんだよ」「いやぁ、私も園長さんに、『ちょっとシエル君。君のイエス様がお待ちだよ』な〜んて言われたときはビックリしちゃいましたよ」「……あの人なりのジョーク、なんだろうなぁ」「そう、だと思いますよ?」…あの人のことで頭を悩ますのも馬鹿らしい。話題を変えることにした。「それよりもシエル、今抜けられるかい?」「う〜ん、ちょっと無理ですねぇ。2時頃まで待ってもらえますか?その時間になれば、子供達はお昼寝に入るますから」「2時ぃ?う〜ん、それまで何してようか…」恥ずかしいことだが、就職活動とシエル関係以外にはこれといってやることがないのだ。「お屋敷に戻って昼食でも取ってきたらどうですか?ここからなら近いですよ」「いや、それはやめとく…秋葉に『就職活動はどうしたんですか?!どうせ兄さんのことだから、またサボッてきたんでしょう?!』とか言われて、一々釈明するのも面倒臭いしね」冗談半分、本気半分である。「あはは、遠野君の秋葉さんアレルギーも相変わらずですねぇ」「からかわないでくれよ。こっちは結構大変なんだからさ」「はいはい、わかりましたよ」「それはいいんだけど、本当にどうしようかな。2時まで」「ん〜…そうですねぇ、それじゃぁ、シスター前山に何か手伝うことが無いか聞いてみましょうか?」「う〜ん、仕方ないか。この際だから、そうするよ」何もしないでいるよりは、マシだ。「…と、いうわけなんですよ。シスター前山。何かお仕事はありますか?」膳は急げの言葉通り、直ぐにシスター前山に聞くシエル。こういうときの行動力は、感心するより他ない。「そうですねぇ…それじゃぁ普段は力仕事ができませんから、片付けをしてもらいましょうか」「はい、わかりました。頑張らせてもらいますよ!」「ええ、じゃぁお願いしますね。場所は…こっちです」「じゃ、シエル。行ってくるよ」「はいはい。いってらっしゃい。遠野君」『いってらっしゃい』という言葉を聞いて、少しにやけながら、俺はシスター前山に付いていった。…3時間後の午後2時過ぎ。「…くはぁ……つ、疲れた。よもや奉納品から始まって倉の掃除までさせられるとは…」「ご苦労様でした。遠野君」「飯抜きでぶっ通しだったから、なおさら、ね」「あはは、それならちょうど良かったですよ。私もお昼、まだですから」「えっ、そうなの?またなんで??」「いやぁ、言いづらいんですけど、なんとなく遠野君がこういうことになるかなぁって思ったもんで」「……相変わらず勘が鋭いな」「ええ、恐縮です♪」「だったら、最初に言ってくれよ…」「まぁまぁ。お詫びと言ってはなんですけど、これからウチでお昼作って、ご馳走しますよ」「ん、まぁ…そういうことなら」「はい、じゃぁ決定!早速帰りに食材買ってきましょうか」「ああ、わかった」我ながら、自分の食い意地に失笑するが、それでも構わなかった。少なくとも、その間は無理なことをしなくても、シエルの前で本当に楽しくしていられるのだから……