シエルとの日々(シエルルート、True end後)季節は夏……去年の秋に起こった事件によって、俺は先輩…シエルとの将来を真剣に考えるようになった。彼女のおかげで俺は生きることを選択できたし、逆もまた然りだ。あの後、シエルはロア討伐を機に異端審問官を引退。現在はただのカトリック信者として暮らしている。俺はいっそカトリックも辞めたらどうかと聞いたが、彼女曰く「私の価値観の基本は、あそこにあるんですよ。だから、やめることはできません」だそうだ。確かに、途中から異端審問官などというものになったとはいえ、彼女の出身はカトリックの盛んなフランスだ。彼女の成長の根幹として、その考え方が根付いているのも納得できるし、俺はそんな彼女を好きに…いや、愛したのだから、それを捨ててもらう必要など……無い。だから、俺はそれ以上何も聞かなかった。そしてシエルは学校を卒業。同じ街のカトリック教会の手伝いをしながら、審問官時代の蓄えで細々と暮らしている。とはいえ、その蓄えも減ることはあっても増えることはない。今後のことを考えると、心もとない。というわけで、俺は進学ではなく就職の道を選んだ。しかし…「最近は就職も大変なのは知っているな?だから、真剣に就職活動を頑張らないと企業もとってくれないぞ」と、進路の教師に言われてしまった。そのために夏休みに入ったというのに、ロクにシエルと会う暇もなく、進路相談室に通い詰め、求人票とにらめっこの毎日を送っている。最初の内は「なあに、どこか一件ぐらいあるさ」と気楽に考えていたが、就職先決定の事実上の起源である8月が近づくにつれて、焦りがでてきた。そんな様子をシエルに感づかれたようで、ある日の昼食の最中に「遠野君、最近様子がおかしいですよ」と言われてしまった。彼女を安心させるために就職活動を頑張っているのに、これでは本末転倒だ。そのため、彼女の前では無理をしてでも元気な姿を演じるようにした。それは俺には辛いことであったが、何より彼女のためなのだ。…頑張らねば。8月も間近の26日、今日……シエルと久々に会うことができることになった。今日も進路相談室に行ったのだが、着いた傍から「おお、遠野。今日はこれから全員会議があるから、悪いが帰ってもらえるか」と言われてしまった。シエルに会える。それは確かに嬉しかったが、素直に喜べなかった。教師全員が会議ということは、進路の調整が既に最終段階に入っている証拠なのだ。焦ってどうにかなるものではないと頭ではわかっていても、どうしても焦ってしまう。それでもやはり、せっかくシエルに会えるのだ。そんな風にもしていられなかった。学校の校門を出たところで、汗を拭いつつ学校の壁面に付いている時計を見る。現在午前10時。この時間ならシエルは教会の方に手伝いに行っているはずだ。黒い学生ズボンの所為で蒸れた足を引きずるようにして、俺は教会へ向かった。商店街を通り抜け、20分程を費やして教会の門前に到着した。と、門を抜けたところで、教会の老シスター、前山さんに会った。今年から何度も会っている、温和そうないかにも「聖職者」といった感じの方だ。「あ、おはようございます。シスター」咄嗟に挨拶をする。「はい、おはようございます。遠野さん」柔らかな、しかしよく通る声で前山シスターが返す。「遠野さん、この歳でシスターというのもなんですから、名前で呼んでくださってよろしいですよ」と、微かに笑いながら前山シスターが答える。「いやぁ、シスターと呼ばないと失礼なような気がして…。ほら、教師の方を先生って呼ぶのと一緒ですよ」そしてやはり微笑みながら「私は教師の方ほど立派ではありませんよ」と、前山シスター。「いや、そんなことは…」「ふふふ、いいんですよ。それよりも、こんなお婆さんと話しにここに来たわけではないでしょう?」「いや、お婆さんなんてそんなことは…って、あっ!」「ふふっ、今なら……そう、子供達のところに行っているはずですよ」「あ、ありがとうございますそ、シスター、それじゃぁ失礼します!!」「はい、遠野さん。貴方の上に神のご加護がありますように…」胸の前で十字を切る前山シスターを横目に見つつ、俺は走り出した。失礼だとは思ったが、シエルのことを言い当てられて、照れ臭かったのだ。前山シスターが言う”子供達のところ”とは、教会とくっつけるようにして建てられている保育園のことだ。シエルは当然、保育士免許などというものは持っていないのだが、あくまで保育士の方の手伝いみたなものなので、問題は無い。よく手入れされた庭を横切ると、直ぐに保育園についた。保育園には幼稚園などとは違って夏休みなどというものは無いので、当然子供達が保育士の方に付き添われながら、外や屋内で遊んでいる。「…まいったな」ここに来て今更だが気づいた。この中に入ってシエルを捜すというのも、なかなかに度胸がいるということに。別に俺は子供が嫌いというわけではないのだが、以前ここに来た際に子供ながらの鋭い勘によって、二人が恋人だということが知れてしまった。そのために以後、ここに来る度に冷やかされるという、嬉しくも悲しい事態になっている。「さて、どうしようか…」思案に苦しんでいると、「おっ、遠野君じゃないか!!」と突然、声を掛けられた。この、野太くも優しさがこもった声は……「どうも、園長先生。また事務を放っぽりだして、子供達と遊んでいるんですか?」振り返ると、そこにはやはりここの園長がいた。名は松下といい、歳は40後半。声と反比例した、柔らかな物腰の人だ。「はははっ、ま、いつになっても現場の方が楽しいもんなんだよ」「そういうもんですかね?」「ああ、君も働くようになれば解るよ」よもやこんなところで就職のことを思い出すようなことを聞くハメになろうとは想像できなかった。大の大人相手に皮肉を言ったことを今更ながらに後悔する。「ふむ、まぁ冗談はこのくらいにしてだ」ズコッ!!「じょ、冗談だったんですかっ?!」「?何だい、急に素っ頓狂な声を出して」「まぁ、いいです……それよりも園長先生、ちょうど良かった」「ん、何だね。まぁ予想はつくがね」「ええ、多分、ご期待は裏切らないと思いますよ」「それは嬉しいねぇ」…相変わらず、とぼけた方だ。もっとも、そういうところが子供に気に入られる所以なんだろうけど。「シエ…先輩を呼んできていただきたいんですが…」「ははっ、遠野君。無理してシエル君のことを”先輩”なんて言わなくていいよ。私だって人生経験は人並みにはある。君達の関係くらいはわかっているつもりだよ?」「…はぁ、園長先生には適いませんね。では、改めてお願いします。シエルを呼んできていただけますか?」「ええ、若い二人のためです。喜んで頼まれますよ」「それじゃぁ、お願いします」「はいはい、それでは…」やたら嬉しそうな顔をして、園長先生がシエルを呼びに行った。「……どこまでが冗談なんだかわからん人だなぁ」10分後…「ふぅ…、遅いなぁ園長先生。そんなに時間がかかるはずはないんだが…」「遠野君!」「どわぁっ!!??」突然、後ろから声を掛けられ、振り返ると、そこには……シエルが立っていた……