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第六話「彼女は遅れてやってきた」

≪午前七時三十分≫
「了解……正面玄関、配置完了しました」
「本部から半径五百メートル圏内に不審者無し。封鎖も完了!」
「エサウ、回送ルートから外れました」
 続々と入る情報に一つでも間違いがあれば、この盛大な花火は上がらない。余所者が用意したプランではあったが、仕掛け人たちはそれぞれの仕事をたしかなものとしていく。
「――よし、これより無線を完全に遮断する。いいか、百万ドルの契約書にサインするつもりでかかれ。修正は効かんぞ!」
 スローンが叫んだとき、導火線に静かに火がつけられた。

「なぁ、引渡し現場に支局を使うってのは、リスクがでかいんじゃないか?何かあれば、オクラホマの二の舞だぞ」
 ゼフィールは長い髪に被せてある、バイク便に偽装して送られてきた無線機を外すと、CIA支局からあまり離れていない路地の裏に置かれた車のエンジンをかけた。オイルが久しく足されていないらしいそれが大きな音を立てるが、助手席のソロモンは組んだ腕を微動だにさせず、相方の言葉をどう返すか考えている。じきにそれも終わると見込んだゼフィールが煙草に火をつけると、ようやく返事が返ってきた。
「だからこその選択だろう。あのスローンとかいう男、とんだ食わせ者のようだ」
「上司に恵まれないのはどこも同じか……」
「それにな」
 珍しく言葉を区切ったソロモンに、何事かと視線を向ける。
「いくらリスクが大きかろうと、それは私たちのリスクじゃない」
 それを聞いたゼフィールは、煙草を傾かせて愛想を振った。

≪午前七時四十分≫
「お父さん、だっこ〜」
「おーし、ばっちこーい」
 珍しく父親と一緒に外出でき、はしゃいでいる咲美に、その父親である志貴が娘の要望に答えてじゃれているのを、有彦は遠い目で眺めていた。彼の子供である正行はというと、朝早くに出てきた所為で貧血がまだ治まらず、停車している車の後部座席で体調を整えるために寝ている。
「……なあ、遠野」
 公園の駐車場で、娘をだっこしながら体を回して遊んでいた志貴は、有彦に声をかけられると、回転を緩めた。
「なんだ?」
「なんで急に、シエル先輩から咲美ちゃんを預かったんだよ」
「なんでって、今回のお前の仕事は、子供との観光なんだろ?なら、子供は多いに越したことないじゃんか」
 正しくは『子供と行く海外旅行』なのだが、その子供にしても、一人で大人二人に連れまわされるよりは、同年代の子供と一緒にいるのが楽しいのは有彦もよくわかっていた。ただ、どうにも、今朝方、あのソロモンとかいう奴と、やたら美人のくせに言葉遣いの乱暴なゼフィールが、新しい客人のひげもじゃのおっさんを連れて家を出てから、突然にシエルに咲美を連れ出すことを伝えたことが気になっていた。
 この気の置けない友人がそういうことをするのは、大概が、何か特別なことを思いついたときで、一先ず会社に顔を出して今日のプランの確認を取り、一息いれた今になって、そのことについて確認しようと思ったのだった。
「本当にそれだけか?お前だって、昨日は『子供は下手に多いと面倒』とか言ってたじゃないか」
「自分の子供は別さ。なー、サキ?」
「うん!」
 そうして、志貴はだっこから肩車の体勢にかえると、今度はちょこまかと危なっかしく奇妙なダンスを踊り始めた。
「やっぱり俺も女の子作ろうっかなぁ……」
 車のトランクに腰をつけて、そう呟いた有彦の言葉を、正行は朦朧とした意識で確かに聞き取っていた。

≪午前七時五十分≫
「エサウ、あと十五分で到着します」
「馬鹿な、それではヤコブとのタイミングが合わないぞ!」
 支局長に理不尽な形で怒鳴られた通信士は、隣の同僚にジャイブを送ると、その同僚は片手で回路を切り替えた。
「――確認しました。マーケット通りで爆弾テロの予告が三分前にあったようです。市警側の検問にて時間を取られた模様」
「悪戯に決まっている!」
 、といってみても、市警がそれで済ませられるわけがない。万が一にでも爆発が起これば、市民、知事の上下から叩かれるだけでは済まないからだ。今回の作戦について市警へ連絡が行かなかったわけではないが、こと爆弾騒動となれば、話は別である。
 そのとき、一つの椅子がくるりと回転して、座っていた人物が支局長に顔を向ける。このために今まで口を挟まなかったのか。スローンは半ば気づいてはいたが、とやかく言われるよりはマシだと考えていたのだった。
「さて、どうします?今更、自分のネーミングセンスを悔やんでも遅いですよ。祝福を奪い返す方法はたった一つです」
 そういって彼は、事前に用意しておいたクレジット携帯電話を彼に差し出す。週明けには通話記録全てが没収されるというおまけつきだ。しかし、スローンはそれを受け取らない。しかし、作戦が失敗すれば後が無いのはよくわかっていて、手に浮かんだ汗をズボンでぬぐう。
「……君の友人に頼めとでも?」
「もう繋がってますよ」
 その挑発がスローンの腹を決めさせた。要は、成功すれば、いや、させれば良いのだ。彼が、手にしたものは祝福などではなかったことを知るのは、幾ばくか後の出来事である。
「――貸せ!」

「ヘイグもよくやる」
「なんだって?」
 ソロモンは電話を切ると、それを車のグラブボードの上に放り投げる。シートを後ろに倒してそれを見ていたゼフィールは、気合を入れなおすように、姿勢を元に戻した。
「囮を代われだとさ」
「よっしゃ!」
 車をバックさせようと、ギアを切り替えるゼフィールの手を、ソロモンが抑える。
「言っておくが――」
「……なんだよ」
 ゼフィールは、噛まれるのではないかと思ったが――それにしたって、とうに覚悟のついていることだ――稀有に終わる。
「今回はパウロもグラーシャも……とにかくあいつらは無しだ。人目がありすぎるからな」
「げっ」
「よもや弾除けにしようなどと思っていたのではないだろうな」
 あけすけに図星を突かれ、言葉が漏れた。ソロモンの使い魔が使えないのは、それだけ自分が苦労することになる。イタリアでの苦労は自分で買って出たこととはいえ、今回のようにわざわざ苦労を背負うのは嬉しいものではない。
「断るなら今だぞ。我々はもうやるべきことをやったんだからな」
「……お前の友人に恥をかかせられるかっての」
「そうか」
 ソロモンがシートベルトを締め終えると、車は収拾箱に入れ損ねられたゴミ袋を踏み砕き、路地裏から勢い良く飛び出していった。

≪午前八時≫
 ゼフィールたちが支局正面玄関に到着すると、辺りを武装した者たちが取り囲む。彼らを掻き分けるように進み出てきた一人に、ソロモンが車から出て握手をした。
「久しいな」
「まったく」
 挨拶している二人を背中に煙草を吸い直していたゼフィールの気配が変わったことに、ソロモンは気づく。
「会ったばかりだが、のんびりしていられないようだ」
「どうしてだ?これから中でコーヒーでも……」
「ポップコーンを肴にするのは遠慮したいんでな」

≪同時刻≫
「ショータイムだ」
 車の運転席にいた一人がそう呟くと、助手席にいた一人が車を降りた。ドアが閉まる音を合図に、運転席の男がラジオのスイッチを入れると、ヘッドライトが割れる。そこから出てきたのは、小型のロケット弾。射線は、CIAの支局、正面玄関。
「弾けやがれ」
 猛烈な勢いでスピンターンをした車は、路地裏へと消えていった。

「無事なのは何人だ!」
 ヘイグが汚れてしまったスーツズボンの膝を気にしながら車の道路側の影から叫ぶと、それに応えたのはソロモンとゼフィールを含めても、七名ばかり。今の爆発で戦力は半分にまで減っていた。
「ちくしょう、玄関を塞がれた!」
 応援が別の出口を経由するとなると、五分はかかる。裏口の警備以外の人員を全て正面に待機させたのが間違いか。
「こっちは陽動だろう」
「そう考えるのが自然だ」
 隣にいたソロモンの言葉に、ヘイグは銃を構えながら答える。
「どうせ敵も玄関からは入れない。ならば、ここを放棄して裏口に回るのが正解だ」
「下手に囮なんか使うからこうなる」
「愚痴ってる暇は無さそうだ」
 ソロモンがそう言って、ヘイグの手を引っ張って走り出す。その直後、彼らがいた車の道路側の側面は蜂の巣になった。――あんな醜いものは相手にしたくない。
「ゼフィール、後は任せた!」
「おい、お前ら――くそっ、煙草ものんびり吸えやしない」
 勢いのまま走り建物の裏へと向かったソロモンたちを不本意ながらも見送りつつ、道路側の車の影にいたゼフィールは、手近にあった折れかかっているドアミラーをもぎ取る。
「さて、敵さんはっと……お前ら、邪魔だよ」
 たまたま同じ場所に隠れた武装隊員二人に手の動きを邪魔される。ただでさえむさ苦しい男は嫌いだというのに、ここには呼吸を荒げた男が二人もいる。ゼフィールの言葉が荒くなるのも仕方のないことだった。
 隊員が大人しくなったのを確認したゼフィールは、ドアミラーだけを車の影から出して、敵を探す。
「うあ、なんだありゃ」
 何度か角度を変えてようやく見ることができた敵の姿は、人間二人分ぐらいの大きさの亀が立ちあがったような形だった。亀と違う点といえば、手と足の変わりに、銃器と八本ばかりの足が露出しているということだ。
「あ、あれは、陸軍で試用中の装甲車両です」
 横からミラーを覗き見た隊員が口を開く。
「車両?馬鹿言うなよ、どう見たってありゃ亀だぞ」
「動かすのに特殊車両免許がいるんですよ」
「なるほどね」
 下手にすばしっこい相手よりは良いかもしれない。そう納得したゼフィールが、相手の様子を見るためにも、とにかく一戦を交える覚悟を決める。
「お前ら、俺が合図するまで動くな。他の連中にもそう伝えろ」
 隣の二人が頷いたのを見届けたゼフィールは、先ず、三メートルほど離れた場所にある宅配便のバンへと走り出した。途中、一発だけ自慢の大型拳銃をぶっ放したが、その百倍の数の弾を九ミリはある口径のバルカンから撃ち返され、危うく靴が脱げそうになりながらも、なんとかバンの後ろに飛び込んだ。
「片腕がバルカン……もう片方はなんだ?」
 とは言ってみても、また飛び出すのは意味が無い。今のは、誰がどこから出てくるのかが相手にわからなかったからこそできたことだ。
「あれだけガタイが良いとなると、俺の能力が効くまでにどれだけかかることやら」
 どうしたって、持久戦は避けられない。そして、それは相手が狙ってやっていることだということもわかる。その証拠に、こちらが動かない限り、撃ってはこない。
「取り付きさえできれば……」
 ゼフィールの能力である『塩』の効果は距離に反比例する。接近できればできるほど、その時間が長ければ長いほど、相手を腐蝕できることになる。しかしながら今回の場合、下手に接近しようものなら、弾丸で体を砕かれるのがオチというものだ。
 こうなると、問題は如何に接近するかということだ。後は野となれ山となれと考える他、無い。ふと、ゼフィールの目に消火栓が目に入る。これにより、局面において決断がなされた。
「――突撃ぃ!」
 ゼフィールの合図で、隊員五名が一斉に銃撃を始める。その内の二名は後ろに回り込もうとしながら、装甲車両の足に銃口を向けていた。頑丈とは言え、衝撃を与えればバルカンの照準が狂うことを見越してのことだ。しかし、相手の攻撃を逸らせても、路上ということもあり、手榴弾を使えないのが災いして、パンチ力が装甲の強さには明らかに足りない。
 銃撃戦が始まって一分以内には、三名までが負傷していた。その一人が苦し紛れに撃った弾丸が、装甲車両の胴体正面中央のセンサーアイを直撃する。本来ならその程度で撃ち破れるようなものではないのだが、跳弾の角度、そして他の隊員の援護射撃によるダメージがこの幸運を呼び寄せた。ノイズが走ったメインモニタに搭乗者が気を取られた瞬間、足のショックアブソーバが軋みを上げる。
「やっぱお前、亀だよ。乗り心地は悪く無い」
 ゼフィールが『亀』の背中に手をつけると、断続的な金属音が甲羅を突き抜けた。アクチュエータは火花を散らし、ベアリングは異常音を立てる。
 メインのセンサーをやられたことで、システム修復が高速で行われる。
 >>赤外線
 >>音波探知機
 >>電探
 ……それぞれのチェック項目が画面に並ぶと、ほぼ同時にクリア音が響く。機体の崩壊よりも、わずかではあったが、復旧へのプロセスが先んじていた。
「十、九、八……!」
 あと五秒で動きを止められるというところでバルカンの砲身が動き、ゼフィールの体を背中から払い落とす。倒れ込んだゼフィールが装甲車両に手を伸ばすが、多脚の一つがそれを踏みつける。
 肉を貫き、骨を砕く音がゼフィールの呻き声にかき消されると、バルカンの銃口が固定された。
『これで動けまい』
 初めてマイク越しに搭乗者の声が聞こえる。その声は、マイクを通したにしてはハスキーに過ぎ、勝利の愉悦とサディスティックな興奮に彩られていた。
「本当に腐らせたかったのはお前じゃない」
『?』
 腐るという言葉の意味はわからなかったが、敵の真意が何か別のところにあるのに気づいた搭乗者は、咄嗟に脚を動かしたものの、それが災いした。オートバランサがジャイロの異常による警告音を出したが、もう間に合わない。
「亀は水の中にいやがれ」
 腐蝕した地面に、装甲車両を中心にして一瞬の間もなく、ヒビが走る。
『こ、こ、こここ、この下は!』
 ヒビの広がりが静まったと同時に地面が陥没し、最終的には穴が空いた。その様は、暗がりから無数の蛇が這い出てくるのにも似ていて、ゼフィールは蛇の群れからなんとか転がりながら脱出し、顔を上げると、その眼前からは先ほどまで我が物顔をしていた者の姿は無く、刹那、大きな音が水柱と共に地下にあった排水トンネルから飛び出してくる。
「大丈夫ですか!」
 走り寄って来た隊員の一人に無事な車の傍まで引っ張られる。
「煙草くれ」
 隊員が呆れながらもゼフィールに煙草を渡し、火をつけようとしたときだ。地面から大きな火の塊が飛び出した。
「ははは、やっこさんの片腕は、火炎放射器かよ」
「代わりに火でもつけてもらいますか?」
「遠慮しておくよ……ん、お前、女?」
「はあ、一応」
 呑気に二人が煙草を分け合っていると、装甲車両が最後の踏ん張りを見せる。脚の取れた部分からロケット憤進らしい炎を出しながら、穴から飛び出してきた。
「……ガメラ」
「ガメラってなんですか?」
「ゴジラの従兄弟」
 半ば諦めた口調で冗談を口走る。もう、戦力も志気も何も無いのだ。
『ささささ、最後に、こいつををを、ぶつけてやる!』
 そう言って、ガメ……装甲車両の背中から脱出した搭乗員が、再び排水トンネルに飛び込んでいく。残された装甲車両はといえば、最後のシーケンスをハリアーのように空中で浮かびながら、実行しようとしていた。
「お前、動けるか?」
「いえ、腰が抜けちゃって……」
「は〜あ、お前、可愛いわ」
 他の隊員も、仲間の手当てや撤退で忙しく、二人に構っている余裕は無かった。そして、とうとう装甲車両のケツから火柱が立つと、猛然と突っ込んでくる。
「煙草、サンキュー」
 もうだめだと腹を括ったゼフィールだったが、腹を括ったのは装甲車両の方だ。上から降り注いだ数十本の黒い塊が、質量を無視して装甲車両の胴体を地面に打ち付ける。横方向に力が働いているものに対し上から衝撃を与えても、少々軌道がずれる程度だが、ここまで垂直に地面に叩きつけるほどの速度となると、優に音速を超えていることになる。その衝撃に原型をとどめているだけでも、どれだけこの亀の甲羅が頑丈かがわかる。無茶を通せば道理が引っ込むと言うが、無茶と無茶が相対すると、道理は引っ込むどころか入りこむ余地すらない。
「黒鍵っ!?」
「正解です、ゼフィール」
 黒鍵を追いかけるように飛来したのは、誰あろうシエル本人だった。怪しまれないよう、カソック姿ではなく、スーツを着込んでいる。登場シーンでそういった仕込みは全てパーになっているとも知らず、彼女は得意げだった。
「お前、子守りは?」
「旦那が代わってくれました」
「そんなことより、爆発しますよ!」
 先ほどからゼフィールに付き添っている隊員が叫ぶ。当面の脅威は去ったものの、未だ例の物体は目の前で苦し紛れにロケットを噴射していた。
「地下に落としたんじゃ、ガス管に引火しかねませんね」
「適当なビルに突っ込んどけ。どうせ無人だ。保険にも入っているだろうしさ」
「どうやって!?」
「こうやって――」
 シエルが隊員に答えながら、両手に気合を込めるようにゆっくりと回転させると、一気にそれを前に突き出した。地面まで貫通していた黒鍵が外れつつ、丸い物体が飛んできたときよりも数段上の速度で向かいの建物のショーウィンドウを突き破り、影に飲み込まれて数秒後、閃光が走った。
「ニ、ニンジャ!」
 崩れ行く建物を見ながら、ゼフィールとシエルは、隊員の言葉に肩を揺らして笑っていた。